iPadが「能」を救う? ファン拡大を狙う新たな実験:伝統芸能にITを(3/3 ページ)
日本の伝統芸能「能楽」。世界的にも評価が高まっているが、予習なしでは内容が理解できないため、とっつきづらいのが現状だ。そんな状況を打開する方法として、今注目が集まっているのがタブレット。これは能楽文化を広める切り札になるのだろうか。
能の文化が“遺産”にならないために
今回の実証実験は、能を演じる能楽師や舞台となる能楽堂の協力も不可欠だ。檜氏は今回、能楽初心者のための解説付き公演を多数手掛けているKNOW-NOH(観世流シテ方※、観世喜正氏の事務所)に協力を依頼した。同社は体験教室や異種共演など先進的な普及活動を展開していることもあり、同じ課題を抱えていたことから、すぐに話が進んだという。
※シテ方……能楽用語で主人公を演じる役者のこと
「私自身、高校のときに能楽教室という形で初めて能を見ましたが、あらすじを少し教えられるだけで細かい内容はさっぱり理解できませんでした。最近では解説の方法も進化してきているとは思いますが、それでもまだ不十分。このままでは、能という文化が遺産になってしまうのではないかという危機感を持っています」(KNOW-NOH代表取締役 観世静子氏)
上演中に解説を配信するという設備は、国立能楽堂にもあるが、活用が進んでいないのが現状だという。準備や費用の面で大きな負担がかかるためだ。
「能楽は流派によって台本が変わることもあるため、しっかりとコンテンツを作らなければなりません。松竹のように大きな興行主がバックについている歌舞伎と異なり、能はさまざまな準備を能楽師が行う必要があります。その上で、デジタルコンテンツを作るのは大きな負担なのです」(観世氏)
今回のシステムは、そういった面で手軽に導入できるところがメリットとして挙げられる。コンテンツさえあれば、マスターとなるタブレットと鑑賞者のタブレットを接続するWi-Fiアクセスポイント、マイクロサーバ(NUC)とソフトウェアを準備すればよい。大きめのキャリーバッグに収まる程度の荷物になるため、簡単に持ち運べる。
「矢来能楽堂の場合、登録有形文化財であるため、設備を増やすために建て替えるといった工事ができません。その点、専用の設備がいらない今回のシステムは、ここのような中小規模の能楽堂にはありがたいですね」(観世氏)
外国人観光客に“能楽”を鑑賞してもらう機会を
今後は実験で得られたフィードバックをもとに、本格的な導入を検討していくという。英語や中国語といった多言語での提供も可能なため、増え続ける外国人観光客に能楽を鑑賞してもらえるチャンスも生まれる。檜氏もその点に大きな期待を寄せている。
「外国人観光客の中には、日本文化に興味があり、能楽を見ようとする人はいます。今まで能を知らなかった人も含めて、観光客全体に能の文化を広げるにはこうしたツールの力が必要なのだと思います。能は歌舞伎などと違い、基本的に演目1曲につき1日しか公演を行いません。しかし今後は、連続公演の可能性を探るなど、東京オリンピックに向けて考え方を変えていなければならないのも事実です」(檜氏)
能楽だけではなく、歌舞伎の世界でもイヤフォンガイドを用いた解説を行うなど、伝統芸能の魅力をもっと多くの人に知ってもらおうと、新たなチャレンジをするケースは増えている。2020年の東京オリンピックに向け、外国人観光客にどうやって日本文化を発信していくか。能のお供にタブレット、という新たな鑑賞スタイルがその切り札になるのかもしれない。
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