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» 2003年01月11日 12時00分 公開

ITガバナンス新時代(1):第1回 SIerが悲鳴!企業のIT投資がストップする理由

2002年夏ごろから、多くのシステムサービス会社から悲鳴が聞こえるようになってきた。日本経済の泥沼の不況の中、システム投資の世界でも従来なかった規模での投資停止現象が始まったのだ。その根底には、従来のITガバナンスの抱える矛盾が存在する。今回は、短期集中連載の形で、これまでのITガバナンスの問題点と、来るべき新たなITガバナンス像を探っていきたい。

[鈴木 貴博(ネットイヤーグループ株式会社 取締役SIPS事業部長),@IT]

最近システム投資事情

 ネットイヤーグループのユニークなコンサルティングサービスに、インターネット上に公開されたWebサイトからその企業の戦略を分析するサービスがある。中でも需要が多いのが、「ソニーのWebサイトから、ソニーがどのような戦略を立てているのか解析してほしい」という依頼だ。

 例えば、ソニーのVAIOのWebサイトを解析すると、そこには「極力、ユーザーがソニーへ電話で問い合わせをすることなく、トラブルなどの解決ができるようにしよう」という強い意思が存在することが分かる。VAIOのサイトには、ソニーカスタマーリンクの電話番号はどこにも記されていない。これは明確にソニーの戦略だろうとネットイヤーグループでは分析している。


 何せ、国内に300万台以上も稼働しているVAIOのユーザーの多くは個人だ。しかも家電感覚で買われているので初心者ユーザーも多い。その問い合わせをすべてコールセンターで受けてしまうと、膨大なコストが発生してしまう。そうならないために「VAIOのユーザーには、インターネットからトラブルの解決法を自力で検索してもらう」ような状況に持っていこうというもくろみが戦略目標として立てられていることは想像に難くない。

 確かに、ソニーのサービスサポートサイトには巨額な投資が行われている。トラブル状況のデータベースと機種がひも付けされていて、トラブル内容を自然語で入力すれば、自分の持っている機種に関係する解決候補のQ&Aが戻ってくる。この仕組みだけでおそらく3億〜5億円のシステム投資が行われているとわれわれは推定した。この仕組みに投資することでコールセンターの席数を50減らすことができれば1〜2年で回収できる投資だ。

 さて、このような他社の競争戦略分析を依頼してくるネットイヤーグループのクライアント企業では、自社もWeb関連のシステム投資を検討中であり、競争上どのような領域にシステム投資を行うべきかを検討するためにわが社を訪れる。このクライアント企業にこの数カ月変化が起きてきた。他社の戦略を検討したうえで、自社のシステム化戦略を立案するのだが、システム投資の決裁が下りないのだ。事業部門は、競争に勝つために投資をしようと計画するのだが、部門とは別のレベルでIT投資にストップが掛かってしまう。

 そもそも、上層部を説得するための常とう手段として「影響力のあるソニーの戦略を分析する」依頼が多かったのだが、その神通力も2002年の夏ごろを境に若干弱まってしまった感がある。

 このIT投資停止現象は、実はネットイヤーグループの周囲よりも、システムインテグレーション(SI)の業界では全世界レベルで起きている現象である。私自身、2002年の夏から秋にかけ数社のSI会社幹部と意見交換をしたのだが、各社とも一様に昨年中の新規受注はあきらめモードだった。実際に受注直前でチームを組んで待機していた数億円規模のSI案件にストップが掛かりチームを解散したSI会社の話も聞いた。従来のレベルとは違った大規模なシステム投資の延期や中止が起きている、これは大変なことだというのが各社ともに感じている状況であった。

 最近のシステム投資事情にはSI会社にとってのいわゆる三重苦が反映されている。それはすなわち、案件の小規模化、短納期化、人月単価の大幅引き下げである。とにかく企業の側に予算がない。だから案件もなるべく小型に抑えたい。低予算に抑えるためには納期を短くしたい、それで人月工数を減らすことができる。ついでに人月予算も100万円を切ってもらいたい。稼働しないSEを抱えているよりもましだろう。以上が、システムに投資する企業の側の論理である。

 特にSIのように業界のキャパシティが大きいところでは、上記のようなクライアントからの要望を断ってしまえば大幅な要員のアイドリングが発生するために、各社とも泣く泣く三重苦案件の受注に走っているようだ。

 各社の意見をまとめると、この状況はあと9カ月、2003年の9月までは続きそうだという話だ。とにかく、当面は企業の側の予算がない。ところが4月には企業のシステム部門も新しい予算を立てることになっている。システム部門としては、いまのシステムをだましだまし使っていてもその限界が来年の終わりごろには表面化して問題になることが見えている。従って、4月からシステム部門と経営企画部門が予算をめぐって折衝を行う。最終的に6月には予算が確定するので、予算が得られた範囲内でシステム化の計画を進めることになる。かくして、SI会社へ9月ごろようやく新規投資の発注がくるということになる。

なぜここまで企業のIT投資は停止してしまったのか

 ITガバナンスという言葉が世に出て久しいが、相変わらずシステム投資は経営者の側から見るとマネジメントしにくい経営課題のようだ。1つは、最初に聞いていた話と違って後から投資額がどんどん膨らんでくることに起因する。最初の決定のときに気付かなかったリスクが後から表面化するからである。2つ目に、何か問題を感じてその中身に切り込んでいこうとしてもなかなか全体の状況が把握できない。よくよく調べてみると、決裁したときに考えていたものとはまったく違うことが判明したりする。

 投資額が膨らむというのは、たとえ話にするとこのようなことだ。パソコンを社員1人に配るとそのコストは一般的には50万円になると試算されている。パソコン代が1人15万円だと思って投資をすると実はそうではなくて、アプリケーションやらサポートやらのコストが後から発生して、最終的に年間50万円のコストになるという意味だ。さらにLANやらルータやら、インフラのコストが発生するという話になる。

 システムにかかわる人間ならば、そんな話は初めから分かっていた──となるが、経営陣がそのようなリテラシーを持っているわけではない。CIO(最高情報責任者)だけが経営陣の中で浮いてしまう1つの理由である。

 実際のシステム案件では、規模がさらにスケールアップした問題が起きている。経営者が何かやりたいことがあり、その予算は1億円だと聞いていたのだが、よくよく聞いてみるとその1億円は第1フェイズのことである。第1フェイズだけではやりたいことはごく一部しか実施できない。システムとしてはその部分だけでも意味はあるのだが、それだけでは実際にやりたいことはできないということだ。

 経営者は乗り掛かった船ということで許容範囲までは追加の投資をしぶしぶ承認していく。ところが一定の許容範囲を超えてしまうと、自らが乗り出して問題を把握しようとする。その結果、予想外に必要投資のレベルが高いことが分かる。

 不況下では、このタイミングで従来とは違ったレベルの経営判断が下りる。普通の状況では、企業は収益の上がる事業を柱に、あまりもうからない部門、過去投資してしまった失敗案件などを抱えながら進んでいく。ところが、今回の不況が底なしであるといわれるように、戦後、かつてなかったような状況下に企業が置かれている。結果として、従来投資が行われてきたようなレベルのシステム投資案件にもCIOではない別の経営者から直接ストップが掛かるケースが増えてきたのである。

システム投資停止現象の本質

 私はいま起きているシステム投資停止現象は、ITガバナンスの1つの時代の終わりと新しい時代の始まりの端境期に起きる象徴的な現象ととらえている。終わろうとしているのはシステム部門に閉じた形で行われるITガバナンスの時代。始まろうとしているのは、本当の意味での経営の関与でシステム投資が行われる新しいITガバナンスの時代。その端境期で、経営がシステム投資に関与し切れずにシステム投資の判断が止まる現象が起きている。

 ITガバナンスという考え方は、経営の重要課題として認識されている。しかしながら、これまでITガバナンスは企業の中で成立していなかった。こういうと多くの反論が挙がると思うが、あえてそのようにいまの状況をとらえてみてほしい。そうすると以下のような実像が見えてくる。

 不況時に減らされる“3つのK”という予算がある。広告費、教育研修費、交際費がそれだ。これらの費用は、削ってしまっても何とか経営を続けていけるので、短期的なバッファとして削られやすい。それに対して、不況時にも手を付けにくい予算がある。技術分野で競争をしているメーカーの研究開発費などもそうだが、システム予算もその1つだった。システムは企業のインフラそのものであり、不況だからといって簡単にはメスを入れられないというのが従来の暗黙のルールだった。

 実際に私がある国際的な大企業のトップから聞いたこのような話がある。その企業ではサプライチェーン・マネジメントに年間で100億円の投資を行っている。トップの勘では、おそらくその投資を厳しくマネジメントしていけば、50億〜60億円でより良いシステム投資ができるはずだという。ところがこの100億円が伏魔殿で、トップにはどうメスを入れたらいいか分からない。構造改革しようとしても、抵抗勢力に脅される政治家と同じで、現場の意見、システム会社の意見などを聞いてもらちが明かない。コンサルタントを頼むにも経営の目でシステムを見られる適任者がいない。

 そのような事情で、これまでシステム投資は前年対比何%で予算を承認してきたというのが大企業の実情だった。ところが、それでは企業がもたなくなってきた。だから経営者がいままで以上に積極的にシステム予算に介入しようとしている。しかし、まだ適切な裁可ができない。だからシステム投資が停止してしまうのだ。

 いずれにしても、これはまだ初めの過渡的現象にすぎない。これから新しい動きが始まるはずだ。次回はこの変わろうとして苦しんでいるITガバナンスの新潮流をよりミクロな目で見ながら、組織が抱える問題に言及していきたい。

本連載記事の内容について、ご質問がある方は
<@IT Business Computing会議室>へどうぞ。

筆者プロフィール

鈴木 貴博(すずき たかひろ)

ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。

ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。

ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。

ホームページ:http://www.netyear.net/


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