企業の中を情報が流れる“3つの川”を考慮せよ企業システム戦略の基礎知識(16)(2/2 ページ)

» 2006年02月25日 12時00分 公開
[青島 弘幸,@IT]
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地下水路──パソコン・ネットワーク

 さらに時は流れ、パソコンが1人に1台配布されるようになった。これにより、業務の現場の多くの人たちがパソコン・アプリケーションという便利な情報処理の道具を手に入れることになった。

 この道具は非常に便利かつ強力であったため、これまでの融通の利かない大型コンピュータで動いている基幹業務システムは一斉に悪者扱いされるようになった。そしてパソコンのネットワーク化が進むと、業務部門ではますますパソコンで加工・作成した情報を流し、業務を行うようになっていった。

 この流れは、業務標準とも、基幹業務システムとも違う、第3の川──まるで「地下水路」のように、深く静かに浸透していったのだ。そのため、いっそう基幹業務システムという大河は、人々から忘れ去られ、そこに流れる情報は、汚れた鮮度の悪いものになっていった。さらに、この基幹業務システムを使って業務をしていると、しばしば誤った情報(汚れた水)によって業務が混乱(病気がまん延)するようになってしまった。もともと、基幹業務システムに流れている情報さえ、業務標準にのっとっていないため完全には信用できなかったのだが、さらに拍車が掛かったのだ。

 特に、管理部門やスタッフからは、正しい現場の状況が見えなくなってしまった。そのため、管理部門やスタッフは、正しい計画や対策を立てられなくなり、そのような計画や対策は、現場からは信用されなくなってしまった。パソコン・ネットワークは、個別業務に必要な情報を俊敏かつ小回りよく流すには強力な道具だったのだが、現場が混乱したときに、会社全体の状況をトップや管理部門が見えるような情報を提供することはできなかった。結局、このときに経営者から悪者にされたのも、かつての基幹業務システムとシステム部門であった。彼らは“レガシー”と呼ばれ、「時代遅れの融通が利かない会社のお荷物だ」「金ばかり食って、必要なときに必要な情報が出てこない」と揶揄(やゆ)されたのだった。

企業三川の統合と最適化

 かくして、会社の中には、情報が流れる、3つの川(システム)ができた。それが、(1)枯渇した川:業務標準、(2)汚れた大河:基幹業務システム、(3)地下水路:パソコン・ネットワーク──だ。トップ、管理部門、現場が、それぞれの川を見て、誰も会社全体の情報の流れを正しく把握することができなくなり、それぞれの間に情報格差が生まれ、断絶が起きたのだ。

 中には、この川を再度、1つに統一しようとしてERPと呼ばれる、統合基幹業務システムを導入し、それに業務標準を合わせようとした会社もある。しかし、第3の川、地下水路であるパソコン・ネットワークを止められない限り「全員がリアルタイムにただ1つの最新情報を使用して効率よく業務ができ、経営者に瞬時に正しい生の経営情報を提供できる」という崇高な理想の実現は難しく、そのもくろみは脆(もろ)くも崩れ去ってしまったのだ。「大金を掛けて、忌まわしいレガシーを根絶し、ERPに期待を寄せたのに何たることだ」と、今度はERPが非難の的になっているそうだ。

 この3つの川を統合し最適化するには、業務標準という設計図に沿って、基幹業務システムという大河を作り、あくまでパソコン・ネットワークは支流として、必ず大河に流れが集まるようにしなければならない。そして、この川の流れを計画的かつ組織的にコントロールし、勝手に支流を追加したり、設計図を無視して流れを変えたりしないようにしなければならない。

 この基本設計書が、最近、話題になっている“エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)”であり、川の流れをコントロールするための組織統制力が“ITガバナンス”、そして最も重要なのは「川の流れを乱さない」「川を汚さない」といった、個々人の情報リテラシーやモラルを向上させる“人材育成”と“組織学習”である。

 このことを端的に表しているのが、バランスト・スコアカード(BSC)の「人材と学習→プロセス→顧客→財務」という戦略のシナリオ・パターンである。プロセスを最適化するために経済産業省が策定した「業務・システム最適化計画(EA策定ガイドライン ver. 1.1)」においても、最上位に経営戦略があり、その下に政策・業務体系→データ体系→アプリケーション体系→技術体系とブレークダウンされている。

【関連リンク】
EA策定ガイドライン ver. 1.1(経済産業省) (経済産業省)

 さて次回は、いよいよ最終回。総括編として、企業システム戦略を考えるうえで最も基礎となる、そもそも「企業システム」とは何なのかについて考察する。

著者紹介

▼著者名 青島 弘幸(あおしま ひろゆき)

「企業システム戦略家」(企業システム戦略研究会代表)

日本システムアナリスト協会正会員、経済産業省認定 高度情報処理技術者(システムアナリスト、プロジェクトマネージャ、システム監査技術者)

大手製造業のシステム部門にて、20年以上、生産管理システムを中心に多数のシステム開発・保守を手掛けるとともに、システム開発標準策定、ファンクションポイント法による見積もり基準の策定、汎用ソフトウェア部品の開発など「最小の投資で最大の効果を得、会社を強くする」システム戦略の研究・実践に一貫して取り組んでいる。趣味は、乗馬、空手道、速読。

システム構築駆け込み寺」を運営している。

メールアドレス:hiroyuki_aoshima@mail.goo.ne.jp


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