「人力では25億人の熱狂を支えられない」 NBAがAI活用パートナーにAWSを選んだワケAWS re:Invent 2025

世界25億人の熱狂を支えるNBAが、AWSと組み新たな進化を遂げようとしている。膨大なファンの期待に応えるため、クラウドとAIはいかに活用されているのか。両社のキーマンが語る戦略と、エンタメ体験の未来に迫る。

» 2025年12月13日 08時00分 公開
[村田知己ITmedia]

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 米国のプロバスケットボールリーグ、National Basketball Association(NBA)は現在、自社構築のソーシャルメディアで世界25億人のフォロワーを抱え、その75%は米国外のファンが占めている。この膨大な規模のファン一人一人に対して、パーソナライズされた体験を提供することは技術的に困難を極める。

 NBAはいかにしてクラウドとAIを活用し、この「熱狂」を支え、さらに進化させようとしているのか。NBAのエグゼクティブ・バイスプレジデント 兼 メディアオペレーション&テクノロジー部門責任者を務めるケン・デジェナロ氏と、AWSのメディア&エンターテインメント部門 ソリューションアーキテクト ディレクターを務めるステファニー・ローン氏が語った戦略と、エンタメ体験の未来に迫る。

NBAはなぜAWSを選んだか

 デジェナロ氏は、25億人のファン、特に海外のファンにリーチし最適なコンテンツを届けるには「AIと自動化を使わなければ実現できない」という危機感を抱いていた。数あるクラウドベンダーの中で、なぜAWSを選んだのか。同氏は以下の3つの理由を挙げる。

  1. ビジョンの一致: NBAとAWSは「顧客(ファン)への執着」(Fan Obsession)というビジョンが一致していた。デジェナロ氏は「私たちが行う全ての活動は、ファンのためにあります」と強調する
  2. テクノロジー: AWSのクラウドインフラだけでなく、AIサービスやチップセット、それらを実装するための専門家チームの存在が大きかった
  3. 運用の信頼性: NBAの開発チームには「Performance as a feature」(パフォーマンスも機能の一部である)という哲学がある。どんなに優れた機能も、試合中に止まっては意味がない。「機能というものは、それがどれだけ正常に実行されるかによってのみ、その良しあしが決まります」とデジェナロ氏は語る。導入事例が豊富なAWSであればそれが可能だと判断した

AIが可視化する"見えない"攻防

 NBAとAWSの連携によって生まれた具体的な成果の一つが高度なスタッツ(選手のプレーを数値化したもの)だ。選手の骨格上の29のポイントを1秒間に60回トラッキングし、AWSのAIモデルで解析する。これにより、これまで感覚的にしか語られなかったプレーを数値化できるようになった。まず、両社は以下3つのスタッツを発表した。

  • ディフェンシブボックススコア: 従来は攻撃における活躍が注目されがちだったが、AIが「誰が誰をガードしていたか」を特定することで、守備の貢献度を可視化できるようになった
  • シュート難易度: シュート時のディフェンダーとの距離、手がかざされていたかどうか、体の向きなどを分析し、そのシュートがどれほど困難だったかを算出する
  • グラビティ: ボールを持っていない選手が、どれだけ守備を引き付け、チームメイトにスペースを作っているかを可視化する。攻撃に直接参加していない選手の貢献も可視化できる
視聴者視点でのグラビティのイメージ(出典:NBAの提供画像)

 デジェナロ氏は「(バスケットボールは)3ポイントとダンクだけのゲームではない。私たちがやりたいのは、コートで『何』が起きているかだけでなく、『なぜ』それが起きているのかをファンに伝える手助けをすることです」と、この取り組みの狙いを説明する。

 NBAはデータとAIを活用し、ファンに高度な戦術やニュアンスを理解させ、視聴体験の変革を目指す。これまでのファンはもちろん、新規のファンにとっても、バスケットボールのルールや魅力をより深く理解する助けになりそうだ。

AWSが展望するエンタメ業界の未来

AWSのステファニー・ローン氏(出典:筆者撮影)

 AWS側は、スポーツを含むエンターテインメント業界の未来をどう見ているのか。AWSのローン氏は「私たちがエンターテインメント業界で目の当たりにしているのは、ある種の『融合』です」と指摘する。

 AWSがメディア、スポーツ、ゲームの業界を単一のビジネスユニット(メディア&エンターテインメント部門)に統合したのも、この「融合」に対応するためだ。「Fallout」などのゲームIP(知的財産)の映像化や、「Fortnite」などのゲーム内でのイベント配信が実現したように、業界の境界はあいまいになっている。

 そのような状況下で、視聴者の体験はどのように変化するのか。ローン氏は「没入感」「パーソナライゼーション」「ショッピング体験の統合」の3点が進化すると語る。

 VRヘッドセットを使うことで、視聴者がスポーツの試合の中に実際に入り込んだかのような体験ができるようになる。筆者もAppleのVRヘッドセット「Apple Vision Pro」で米国のメジャーリーグサッカー(MLS)のハイライト映像や、アーティストのライブ映像を見た際は、その没入感に驚いた。ヘッドセットの軽量化、低価格化が進んで普及すれば、このような視聴体験が当たり前になるだろう。

 コンテンツのパーソナライゼーションも進む。ドイツのプロサッカーリーグ、Bundesliga(ブンデスリーガ)は公式アプリでユーザーごとに最適化されたコンテンツを提供する。スタジアムに設置されたカメラでトラッキングした選手やボールの位置情報などの膨大なデータをAWSの「Amazon SageMaker」などで処理し、ユーザーに届ける。テレビで試合を配信するだけでなく、スマートフォンアプリなども組み合わせてユーザーを囲い込む手法が広がる。

 スポーツ観戦の最中に「あの選手のユニフォームが欲しい」といったニーズに応えるために、その画面内で直接商品を購入できるようになる未来も近い。アプリケーションに「Amazon.com」の購買体験を埋め込む「Amazon Anywhere」によって、これを実現している企業も既にあるという。

 エンターテインメント業界のビジネスは消費者の可処分時間の奪い合いだ。既存のファンのエンゲージメントを高め、かつ新規のファンを取り込む方法を各社が模索している。NBAの例のように、テクノロジーによってその実現を図る企業は増えるだろう。今後の動向に注目したい。

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