ビジネスでの生成AI活用が進む中、特にコーディングエージェントの進歩が著しい。AWSの年次イベントで語られた内容を基に、AI時代におけるエンジニアの役割の変化と、急速にあいまいになりつつあるビジネス職との境界線について考察する。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
ビジネスにおける生成AI利用がいち早く広まった分野がコーディングだ。モデルプロバイダーは自社モデルのリリース時、必ずと言っていいほどコーディングベンチマークの結果を掲載し能力をアピールする。「Visual Studio Code」(VS Code)や「Cursor」など、コーディングアシスタント・コーディングエージェントを搭載したテキストエディタの利用も広がる。GitHubによれば、「GitHub」の新規開発者の80%が最初の1週間で「GitHub Copilot」を利用しているという。
このような劇的な変化によって、エンジニアの役割はどのように変わるのか。そして、AI時代の開発ツールはどのように進化しているのか。Amazon Web Services(AWS)が米国ラスベガスで開催した年次イベント「AWS re:Invent 2025」で語られた内容を基に探る。
AWSのAI関連プロダクトを統括するエリン・クレーマー氏(シニアプリンシパルテクニカルプロダクトマネジャー)は「ビジネスサイドとエンジニアサイドの境界線は急速にあいまいになっている」と述べ、AIによる開発プロセスの変化について語った。
「素晴らしいものを作るには、顧客のニーズを理解しているビジネスの専門家と、スケールに耐え得る開発手法を熟知している技術の専門家が必要だ。この2つの領域が、今後互いに近づいていくことになる」
クレーマー氏はこう述べ、特にビジネスサイドのユーザーが顧客に提示できるレベルの優れたプロトタイプを自ら構築できるようになることで、エンジニアサイドの役割に近づくケースが増えると強調した。
開発にAIを積極的に利用する日本企業も、迅速なプロトタイプ開発のメリットを既に実感し始めているようだ。AWS re:Invent 2025のセッションに登壇した電通デジタルのCAIO(最高AI責任者)山本覚氏は、報道陣の取材に対して「PoCを高速で開発できることの最大のメリットは、プロダクトの方向性に関して関係者間で認識を合わせられることだ。顧客とのミーティング中にプロトタイプを構築できる、というケースも考えられる」と述べた。同社のマーケティング支援プラットフォーム「∞AI」(ムゲンエーアイ)の新規プロダクト開発では、AWSのサービス群を利用して1人のエンジニアが1週間で7つのプロトタイプを開発した。
アイデアを高速で形にできれば、単に開発スピードが向上するだけでなく、関係者間のコミュニケーションが改善され、より良いプロダクトの実現につながる可能性がある。
一方、クレーマー氏は「本番運用に耐えるシステムの開発には、まだ技術者が必要だ」と述べ、AIによる開発が人間を完全に代替するには至っていないと指摘した。ただし、AIによってエンジニアに求められる仕事も変わるという。
同氏は、コーディングエージェントの導入によって、エンジニアの主戦場が「仕様駆動開発」(Spec-driven development)へと移行すると述べる。エンジニアはまずシステムの仕様とアーキテクチャを定義し、それを基にエージェントがコードを書く。エンジニアはエージェントが提示するコードやドキュメントを適宜軌道修正しながら開発を進める。
AWSが開発したIDE(統合開発環境)「Kiro」はまず仕様書をエージェントとともに作成し、その仕様書を基にエージェントにコーディングさせることができる。「Claude Code」など他社のコーディングエージェントでも、明示的に指示すればこういったプロセスで開発を進めることはできるが、Kiroはデフォルトの機能としてそれが可能な点が特徴だ。
エージェントがコードを書くからといって、エンジニアリングの知識が必要ないというわけではない。クレーマー氏は「(自身の)システムアーキテクチャに関する知識が、AIに指示をする際に非常に役立っている」と述べ、前提知識を持っているエンジニアほど、コーディングエージェントによる開発も効率的に進められることを示した。
また同氏は、高度な自律型エージェントは特にシニアエンジニアに支持されていると語る。
「彼ら(シニアエンジニア)は、既に人間のエンジニアチームと働いた経験があり、さまざまな実装をチームで実施することに慣れている。そのため、『君の計画や設計を見せてくれ』『これからやるタスクを見せてくれ』『よし、実装を進めるのを見守ろう』といった(エージェントとの開発の)進め方に馴染みがある」(クレーマー氏)
AWS re:Invent 2025で発表された「Frontier agents」はこのようなチーム開発の一部をAIで代替する機能だ。これは自律的に数時間〜数日にわたって動作するAIエージェントサービス群で、本稿執筆時点では3つのエージェントが発表されている。
「Kiro Autonomous Agent」はプルリクエストとそれに対するフィードバックから学習し、複数のリポジトリにまたがって動作する開発支援エージェントだ。「Kiro」だけでなく「GitHub」「Slack」「Jira」などのツールでも動作する。
「AWS Security Agent」はセキュリティに関する専門知識を基に、ドキュメントのレビューやペネトレーションテスト、修正コードの提示などを実行するエージェントだ。
「AWS DevOps Agent」はシステムに問題が発生した際に自律的に検知し対応するエージェントだ。「Amazon CloudWatch」や「Datadog」「Splunk」などのオブザーバビリティーツール、ドキュメント、コード、CI/CDパイプライン構成、過去のインシデントのパターンなどの情報を基に動作する。
今後は少数のエンジニアがこのようなエージェントを多数コントロールして開発する手法が広がっていくだろう。エンジニアにはコーディングや一機能の実装だけでなく、複数の技術スタックに関する知識や、開発プロセス全体のマネジメントが求められるようになりそうだ。
ビジネス職とエンジニア職の境界があいまいになる中で、エンジニアに求められる役割は「本番運用に耐える、安全なシステムの開発」「複数のAIエージェントの統率」ということになりそうだ。ビジネス職が顧客の要件を基に開発したプロトタイプを、エージェントの補助も受けながらより運用しやすい形に整え、セキュリティを確保することが求められる。
AWSのCEO マット・ガーマン氏はAWS re:Invent 2025の基調講演で、同社が人々の「Freedom to keep inventing」(発明し続ける自由)を支えると強調した。生成AIの発達による開発の高速化はこれからも進むと思われる。ビジネス職とエンジニア職、そしてエージェントが効果的に連携することで、優れた"発明"が多く生まれることに期待したい。
Microsoft 365 Copilot、ついに“エージェント化” ExcelやWordで複雑なタスクを段階的に処理する新機能
“AIエージェントの次”のトレンドは何か Gartnerが描く未来志向型インフラのハイプ・サイクル
生成AI、進化の鍵を握る「長期思考」 Sakana AIが挑む“人間のように試行錯誤するAI”への道筋Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.