企業システムは、入力→変換→出力というサイクルを、市場→企業システム→市場→企業システム→市場→と繰り返しているフィードバック制御システムである。市場から取り込んだ情報を、商品やサービスに変換して市場に出力し、そのフィードバックを市場から得て、また、商品やサービスに変換する。
例えば、人を変換に必要なスキルという情報でとらえれば、人事というシステムも、このフィードバック制御システムの一部だ。フィードバック制御システムにおいては、年齢や性別、出身校、在職期間などの情報は、あまり意味がない。出力からのフィードバックを加味して、変換効率を上げるために必要なスキルを得るために採用計画を立てる必要がある。フィードバック制御のない人事システムでは、有効なスキルを得ることはできず、少なくとも人財面で企業システムを強くすることができない。
お金という情報を扱う経理部門にも、同じことがいえる。人事部門や経理部門にも、自社の生産や販売の現場で必要とされているスキル(人)や在庫(金)という情報のフィードバックが必要だ。人員計画や資金計画、生産計画や販売計画、製品開発計画など、あらゆる計画は、時々刻々変化する変換過程や出力からのフィードバックを入力に加味して、変換効率を最大化するようにシステムを制御できなければならない。
人のフィードバック制御システムは、法人のフィードバック制御システムの非常に良い参考になる。人が環境からフィードバックを受け、環境に順応していくように、法人も市場という環境からフィードバックを受け、環境に順応していくことが生き残りの条件だ。企業システムも、フィードバック制御システムとして設計するのが良い。基本となる組織構造や業務標準は、そのように設計されているだろうか。そして、全体最適解として、変換効率を最大化するための、自社に合ったフィードバック関数を見つける必要がある。
企業システムが法人としての情報処理の仕組みだとすれば、人の情報処理の仕組みに読書がある。読書は、狭義には書籍を読むことであるが、広義には情報を入力→変換・蓄積→出力するという意味で、書籍に限らず、あらゆるものの「読み、書き、そろばん」という情報処理の仕組みであるといえる。例えば、逐次、道路状況を読み、瞬時に計算して、ハンドルやブレーキを操作せよという信号を脳から手足に出力し、車を道路状況に順応させ安全に運転する。この場合も、フィードバック制御システムが働いている。
この読書という情報処理の高度なコンセプトとして速読がある。通常の読書が、1次元の文字列を逐次処理するのに対し、速読では、2次元的に情報を高速で入力しながら、並行的に変換・記憶を処理し、それらを統合して出力する。コンピュータの高速化技術である、パイプラインやメモリインターリーブ、並列計算などはまったく同じコンセプトだ。速読の訓練をすると、道路状況を広範かつ高速に入力できるようになるので、運転の安全度が向上する。余裕を持って、状況の変化に順応することができるようになるからだ。
同様に、法人における企業システムの高度化にも速読のコンセプトを応用することで、環境の変化に余裕を持って順応できる可能がある。例えば、情報技術を利用して広範かつ高速に情報を入力し、最適化技術により、経営資源や環境の制約などを同時に加味して計算し、総合的に次に起こすべきアクションを意思決定する。あるいは、社内外の情報を広く蓄積し、それらを総合して新しい商品やサービスのアイデアとして出力する。業務プロセスを見直して、並行同時処理できるようにする。人というシステム資源を直接的に強化するために全社員が速読を習得してもよい。全社員の読解速度が2倍になったとしたら、電子メール、会議、伝票処理、販売実績の分析や図面の読解など、あらゆる情報処理が高速化され、確実に企業システムの情報処理性能・変換効率は倍増する。
企業経営も、「勝ち組」「負け組」などといわれるように、市場という戦場における戦いの様相を呈している。戦闘における人の高度な制御システムの最終形態が、武道の達人である。相手の攻撃や戦況の変化に合わせて、瞬時に適応していける高度な制御システムを持つ人が達人である。達人の動きには無駄がなく、相手の動きに同期して柔軟に動く。それを、ちょうど水に映る月にたとえて「水月」といい、古くから剣術の極意とされている。
理想的な企業システムも同じである。市場変化に応じて、迅速かつ柔軟に変化し、無駄な動きがなく、効率よく入力を、出力に変換できるフィードバック制御システム──。宮本武蔵の「五輪書」がビジネスマンの間で流行しているのも、このようなところにあるのかもしれない。情報技術の分野では、ビジネスプロセス・マネジメント(BPM)やサービス指向アーキテクチャ(SOA)といったキーワードに代表されるところが目指しているのも、達人ならぬ、達・法人だといえるだろう。
「心・技・体」をバランスよく鍛え、「情報を制するものが、世界を制する」そのためには、まず、企業システムの基本構成要素である「人」の情報処理性能(リテラシ)を高度化しなければならない。
5人の組織を120%自由自在に動かせる情報術を持つリーダーが、500人の組織を動かすためにテクノロジ(道具)は役に立つだろうが、5人の組織を動かせないリーダーが、テクロノジ(道具)を手にしても、500人の組織を動かせるわけではない。
本連載は、今回で終了となるが「企業システム」のあるべき姿や取るべき行動指針について、五輪書や孫子の兵法などから、先人が生死をかけた戦いに望んで得た知恵や教訓、戦略や戦術を学ぶことができる。興味のある方は、著者のメルマガ「企業システム戦略」をのぞいてみてほしい。
※本連載は、今回は終了です。ご愛読ありがとうございました。
▼著者名 青島 弘幸(あおしま ひろゆき)
「企業システム戦略家」(企業システム戦略研究会代表)
日本システムアナリスト協会正会員、経済産業省認定 高度情報処理技術者(システムアナリスト、プロジェクトマネージャ、システム監査技術者)
大手製造業のシステム部門にて、20年以上、生産管理システムを中心に多数のシステム開発・保守を手掛けるとともに、システム開発標準策定、ファンクションポイント法による見積もり基準の策定、汎用ソフトウェア部品の開発など「最小の投資で最大の効果を得、会社を強くする」システム戦略の研究・実践に一貫して取り組んでいる。趣味は、乗馬、空手道、速読。
「システム構築駆け込み寺」を運営している。
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