今回は、前回掲載した小説部分で取り上げたコンプライアンス問題について、筆者が分かりやすく解説する。
(編集部から):今回は、前回掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説する回となります。
前回の小説パートを読んでいない方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思いますのでご一読ください。
第3回では、会社の留学制度によってアメリカでのコンサルテーション業務を体験し、なおかつ、プロジェクトマネジメントに関する新しい方法論を身に付けた社員の「転職」を題材としています。
「会社の経費で社員に何かを学ばせる」という制度を持っている企業は多いでしょう。学ばせる事柄は、異なる環境における就業経験そのものだったり、語学などの一般的知識だったり、あるいは特定の知識/技術だったり、さまざまだと思います。
しかし、営利企業である以上は会社の経費を使って学ばせるからには、「学んだ事柄を業務に活用してもらう」というソロバンを弾くのは当然のことでしょう。
ところが、会社の経費で学んだ社員が学んだ事柄を使って会社に貢献する前に(あるいは十分に貢献しないうちに)、なんらかの理由で会社を辞める、あるいは転職するという事態がまま発生します。
そのような事態は、会社の立場からすれば、学ばせるために使った経費が無駄になるので、なんとしても回避あるいは阻止したい事態です。さらに、特定の知識/技術などを学ばせた場合には、その知識/技術自体が自社にとっての営業秘密となるので、これを保護しなければならないという観点も生じてきます。
今回は、シカゴのグローバルソリューションズで1年間の留学を終え、「メソドロジー One」という方法論を学んできた岡田公男の転職を題材に、営業秘密の防衛や社員の転職への対応といった論点を、法令とコンプライアンスの観点から描きました。
「営業秘密」という概念は、不正競争防止法第2条第6項によって、以下のように定められています。
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう
つまり、営業秘密であるためには、次の3要素を備えていることが必要です。
不正競争防止法は、窃取、詐欺、強迫そのほかの不正の手段によって営業秘密を取得する行為(「不正取得行為」)や、または不正取得行為によって取得した営業秘密を使用したり、開示する行為を禁じています。そして、営業秘密を侵害された企業には、侵害者に対する差止請求権(同法第3条)や損害賠償請求権(同法第4条)などの保護が与えられています。
このような法律の保護を受けるためには、対象となる情報について、前述の3つの要件が満たされていなければならないのですが、そのうち、注意が必要なのは「1. 秘密管理性」です。有用でない情報を有用だと思い込む企業も存在しませんし、世間に知れ渡っている情報を非公知だと思い込む企業も存在しません。
つまり、営業秘密が問題となる場面においては、ほとんどの場合、「2. 有用性」と「3. 非公知性」の要件は満たされているのですが、秘密情報としてきちんとした管理をしていなかったばっかりに、営業秘密には該当しないとして、不正競争防止法の保護を受けられないという例が多いのです。
判例による「1. 秘密管理性」の主な判断基準は、おおよそ以下の通りです。
実際には、営業秘密として保護されるべきか否かは、対象となる情報の内容や企業規模、侵害の具体的な状況などを勘案して総合的に判断されることになります。
営業秘密に関する法的概要は前述の通りですが、これをコンプライアンスの観点から見ると、次のようにいえると思います。
前回の解説部分でも説明しましたが、コンプライアンスとは、ステークホルダーの信頼を維持向上させることです。
要件の「2. 有用性」からすれば、営業秘密とは会社の資産ですので、きちんとした管理体制により営業秘密を保護することは、ステークホルダーたる株主の信頼を得ることになり、コンプライアンスの実践となるのです。
また、社員の立場からすれば、自社の情報のうち何が営業秘密なのか、営業秘密を守るためには何をしなければならないのか、どういうことをすれば罰せられるのか、といったことが、就業規則や規程、機密保持契約などで事前に分かっていれば、納得して働くことができるでしょう。社員もまた会社のステークホルダーですので、社員に納得して働ける環境を提供するのもまた、コンプライアンスの実践なのです。
会社の経費で社員に特定の知識/技術を学ばせるという制度を持っている企業では、その知識/技術が営業秘密となり得るものであるならば、コンプライアンスを実践するためには、前述の判例上の判断基準を参考にして、営業秘密たるにふさわしい管理体制を確立しておくことが必要なのです。
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