ここで述べる戦略的資産とは、顧客の業績に寄与するサービス管理の仕組みを意味します。本連載 第2回の「ITIL V2を巡る課題とV3の誕生」(3ページ目)でITIL V3はバリューネットワークという考え方に基づいていることを説明しましたが、これを具体的な形にしたのが、閉ループ(Closed Loop Control)というアプローチです。
閉ループでは、ITサービスを中心として顧客とITサービスプロバイダとの関係を示しています。この関係のなかでサービスポテンシャルが増大し、顧客の需要に対する提供能力を最適化することが望ましい姿となります。
どのサービス資産がどのITサービスに関連しているかをひも付けるとともに、そのITサービスと顧客の関係が文書化されていれば、需要、リソースキャパシティ、コストの面で問題が生じた際に顧客が不満を抱くということも減ると考えます。
実行の準備における目的は、サービス戦略が組織の価値創出に対して最適な形になるよう調整することです。
戦略調査によって自組織の強みと弱みを把握し、何を目指すのか目的を設定するとともに、少なくともマーケット単位での重要成功要因(Critical Success Factors)を定義したうえでサービスインすることが求められます。
自組織が提供するITサービスの競合を比較分析し、その領域でリーダーとなるために必要なアクションを明らかにできればさらに良いでしょう。分析の結果、コストおよびリスクを考慮して投資優先度に変化が生じるかもしれませんし、事業ポテンシャルの調査次第では過剰投資との判断でITサービスの提供自体を見合わせることもあり得ます。
重要なのは、他組織が提供するITサービスと比較して顕著なメリットがあるかどうか、つまりマーケットにおける差別化ができているかを認識し、前述の行動をしているかということです。
外的要因、内的要因を分析して目標を設定し、それを達成するための観点、ポジション、計画、パターンを作成することでサービス戦略は生まれます。もちろん、継続的なサービス改善が組み込まれていることが大前提です。
多くの情報システム部門ではこれまでIT計画の策定に取り組んでいましたが、サービスの戦略と位置付けていたところはそれほど多くありませんでした。そのため、サービス戦略という考え方を関係者全体に浸透させるためには“認知(Awareness)”を高めるといった戦略策定サポート(Strategy Generation Support)が必要になります。
戦略策定サポートではほかに、調達、リスク分析/管理、サービス戦略の体系化、組織への適用、レポートラインが十分に考慮されていることが求められます。IT組織の設計がサービス戦略の変更に応じて柔軟に変化するということは、サービスレポートを必要としている人々に必要なだけの情報を的確に提供できることを意味します。
加えて、サービスストラテジ全体のプロセスを統合(Service Strategy Generation Process Integration)し、サービスポートフォリオ管理・財務管理・需要管理のそれぞれで適切なやりとりがなされることを目指します。例えば、サービスポートフォリオ上のITサービスは業務部門と結び付いており、年間を通してどれほどのコストが発生しているかトレースした結果をサービスポートフォリオデータベースに戻している、という具合です。
最終的にこれらプロセス間のやりとりは自動化され、何らかの変化が生じた場合にはスムーズにインパクト調査が行われることを想定します。実現するためには、ツール全体図が明確に描かれた上での全体最適を見据えた機能実装が必要ですが、これは単一のツールや製品で実現するのではなく、複数のサービス管理ツールの連携・統合によることが現実的な選択肢でしょう。
最後に人的リソース(People)について触れます。サービス戦略ではIT/IS戦略を策定する組織の定義とそれに属するスタッフについて、職務内容の定義、最高戦略責任者の任命、チーフアーキテクトの参画を求めており、中でもスタッフの職務に対する満足度が重要であることをITIL V3では述べています。顧客重視の姿勢だけでなく、従業員の満足度も高くなければ、満足なサービスを顧客に提供できないという考えです。
そのためには、企業自体のカルチャーが戦略的な目標を達成するために個人がスキルアップを図る機会を保証することが望ましく、明確なキャリアパスの提示、成果に応じた報酬プログラムの提供、積極的な業界活動(外部のフォーラムに参加・貢献)に対する推奨など、スタッフがモチベーションを高めて業務に取り組む環境をどのようにして築き上げるかがポイントです。
その1つとして、サービスストラテジ策定スキルとトレーニングのバランスが適切であるかという問題があります。Webベースのeラーニング形式であれ、クラスルーム形式であれ、受講できるトレーニングコースがサービスストラテジ策定という業務のすべてをカバーしていなければ、求められる水準に達していないスタッフは独学せざるを得ません。
カバーしていない範囲が広いほど、必要十分なスキルを持ち合わせていないスタッフを組織に抱えることになり、必然的にサービスストラテジの各プロセスにおける品質は低下し、あわせて顧客満足度も低下するでしょう。
サービスストラテジの各プロセスを支えるための仕組み(Process、Product)が備わっていることは重要ですが、それを運用するスタッフ(People)についても十分留意する必要があります。
次回は財務管理、サービスポートフォリオ管理、需要管理について取り上げます。
▼中 寛之(なか ひろゆき)
アクセンチュア株式会社 SI&T テクノロジーコンサルティング マネジャー。東京都立大学(現首都大学東京)経済学部経済学科修了後、アクセンチュア株式会社に入社。現在、あらゆる業種を対象にデータセンター移行・統合、ITサービスマネジメントを中心としたコンサルティングに従事する。アイティメディアでブログを掲載中。
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