イールドマネジメント(いーるどまねじめんと)情報システム用語事典

yield management / 収益管理

» 2010年01月18日 00時00分 公開

 顧客の料金支払い意欲に応じて商品・サービスの価格と割当量を変えることで、収益を最大化するマネジメント手法のこと。レベニューマネジメントともいう。

 一般に航空(定期便)、ホテル、レストラン、レンタカー、スポーツやコンサートのチケット販売などのように供給数量(キャパシティ)に上限があり、同時に在庫を持ち越せない商品において用いられる販売手法である。理論的には小売業における見切り品のディスカント販売、型落ち製品などの段階的値下げも同一視できるとして、キャパシティ制限を条件に含めずに考える場合もある。

 航空事業やホテル事業は典型的な設備産業で固定費の比率が大きく、利用者の多寡にかかわらず、コストは大きく変わらない。さらに商品(航空旅客便ならば座席、ホテルならば客席)は翌日以降に繰り越して販売することができないので、売れ残り(=空席/空室)となった場合には丸損となる。利用率を上げるために値下げを行うと、高くても利用してくれるはずの優良客からの収入も減るため、収益が上がるとは限らない。そこで出張客のように“正規料金を払ってくれる優良客”のための販売数量を確保したうえで、残りの売れ残りそうな部分を売れる価格に順次下げていき、すべてを売り切ることが収益を最大化する道となる。これがイールドマネジメントの基礎となる考え方である。

 イールドマネジメントの効果は理論的には需要曲線を用いて説明される。一物一価の場合、収益逸失/販売逸失が大きくなるのに対して、顧客を支払意欲によってセグメント化して適切な価格設定を行うことができれば、大幅に収益を増える。

 イールドマネジメントでは“イールド”という成果指標を用いる。イールドは製造業においては歩留まり、金融業では利回りを意味するが、イールドマネジメントでは「キャパシティ当たりの収益(金額)」である。もともとは航空業界で“1座席が単位飛行距離当たりに生み出す利益”を指す言葉だった。ホテル業界ではPevRARという尺度がイールドに当たる。より一般化して、RevPATIということもある。

 イールドマネジメントを実行するには、支払い意欲によって対象マーケット(顧客)をセグメントしなければならない。そして各グレードの顧客がいつ、どれだけ現れるのかを予測(需要予測)して、それに合わせてリソース(座席や客室)を確保し、料金区分を割り当てて、販売や予約受付を行う。料金区分の配分は販売開始後も常時見直しが行われ、売れ行き状況によって変動する。こうした調整を通じて、最終的には完売(満席)を目指す。

 価格変動は顧客セグメントや事前に定めた時期によって行う静的な方法と、実需に応じて柔軟に行う動的な方法がある。動的な価格変動の場合、値付けが“時価”となることもあってインターネット販売との相性がよい。価格設定をオークションによって顧客(市場)に任せてしまう方法もある。いずれにしてもプライシング自体が顧客行動に影響を及ぼし需要量に変化をもたらすので、価格と需要の関係を見据えて、料金区分やリソース割り当てを設計することが求められる。

 需要予測はイールドマネジメントの肝である。旅客航空ならば路線や時間帯・時期、ホテルならば立地や季節・曜日などで正規料金客と価格敏感客の比率は異なる。通例は正規料金利用者向けの割り当てを十分に確保しておき、徐々に値を下げていくことが多いが、シティホテルのように利用日に近づくほど予約が多く入る業態では時間が経過して値段に変動がなかったり、逆に値が上がったりすることもある。

 予約についてはキャンセルやノーショウ(予約客が姿を現わさないこと)などもあるため、“売り切る”ためにはオーバーブッキング(定員以上に予約を取ること)も必要となる。オーバーブッキングはやり過ぎると当日、現場で予約客を断ることになり、信頼に傷が付くのでとりわけ精密に行うことが求められる。

 事前予約や前売り販売は、「いまならこの値段」「締め切り間近」といった販売キャンペーンとも関係するため、それらの影響を考慮しなければならない場合もある。キャンセルやノーショウの発生率はキャンセル料や支払い方法によって変わってくるので、これらにも配慮することが必要となる。

 イールドマネジメントは、1970年代に行われた米国航空業界における規制緩和をきっかけとして生まれた。1970年代半ば、米国の航空市場には自由化の声の高まりを背景に数社のチャーター便航空会社が参入してきた。これらの会社は安価なチャーター便を提供していたが、さらにパブリックチャーター便(定期チャーター便)によって大手航空会社が支配する定期便市場への参入をうかがっていた。

 この動きに対してアメリカン航空では、チャーター便会社に対抗できるコストを実現するための会議が開かれた。その中でアメリカン航空のスタッフはあることに気付いた。当時のアメリカン航空の便の多くは半数空席で飛んでいたのだ。実はアメリカン航空の座席コストはチャーター便会社よりもはるかに安かった。

 同社のマーケティング担当副社長だったロバート・L・クランドール(Robert L. Crandall)は、この空席を見切り料金で売ることはできないかと考えた。問題があるとすれば、現状の料金を払っている顧客も低料金に流れてしまうだろうことだ。

 そこで、アメリカン航空ではすでに稼働中だった座席予約システム「SABRE」の在庫管理機能を利用して、限定割引運賃「Super Saver」を編み出した。フライトの3週間前までに予約を入れた場合に限って特別運賃を適用するものだった。これはSABREによって空席になりそうな座席が予測できたことで可能になった施策だった(SABREは予約実績データを提供しただけで、分析・予測そのものは人間が行った)。

 この運賃制度は大成功を収め、同業の大手航空会社も即座に追随し、パブリックチャーター便の脅威は杞憂に終わった。グランドールは乗客を支払い意欲で区別するミクロ・マーケット戦略に「イールドマネジメント」と名付けた。デルタ航空では「レベニューマネジメント」と呼んだ。

 1978年に航空会社規制緩和法が成立して米国の航空市場が自由化されると、格安航空会社が勃興してきた。その中で特に急成長を遂げ、大手航空会社に挑戦したのが1980年に設立されたピープルズエキスプレス航空だった。彼らは中古機体や古い空港設備などを使った低コスト戦略で、大手航空会社のドル箱路線から顧客を奪っていった。

 大手航空会社は対抗上、ピープルエキスプレス航空が参入した路線での運賃引き下げを余儀なくされ、数年にわたって激しい運賃競争が行われた。こうした事態を終わらせたのはアメリカン航空のCEOになっていたクランドールだった。1985年1月、アメリカン航空は新運賃プラン「Ultimate Super Saver」を発表した。イールドマネジメントによる割引運賃をすべての路線に導入したのである。空席が予測される座席がある場合、それはピープルエキスプレスの運賃と同額か下回る運賃が設定された。

 価格に敏感な顧客は航空チケットを買う場合、最初に大手航空会社の数量限定割引券を探した(ビジネス客はもともと、大手航空会社を使っていた)。格安航空会社のサービスはあくまでの最低限のものであって、快適さでは大手航空会社とは比較にならなかったためである。しかも、価格敏感客は時間に融通が利く人が多く、多少であれば便をずらしても大手航空会社の安い空席を探すことができた。

 このため、ピープルエクスプレスの搭乗率は激減した。危機感を覚えたピープルエクスブレスの創業者でCEOのドナルド・バー(Donald C.Burr)は企業買収で規模の拡大に乗り出すとともに全機にファーストクラスを設け、フルサービスの航空会社の転身を図った。しかし、座席管理システムを持たないピープルエクスプレスに残された時間は少なかった。アメリカン航空が新料金制度を発表したわずか1年半後、ピープルエクスプレス航空はコンチネンタル航空に吸収され、消滅した。

 今日、イールドマネジメントは航空業界だけではなく、ホテル業界や運輸業界など、さまざまな分野で用いられている。インターネットのWeb広告に適用しようという動きもある。需要予測や価格決定のための数学モデルも確立されているが、これらがすべての問題を解決するわけではない。イールドマネジメントは価格差別的な施策である。「同じサービスなのに予約時期によって金額違う」「オリンピックだからといって足もとを見られた」といった顧客心理を乗り越える必要もあり、人間的な知識と判断も重要なファクターとなる。また、イールドマネジメントは短期的な収益最大化策であって戦略手法ではない。中長期の需要変動には、キャパシティを増減させる投資戦略が不可欠となる。

参考文献

▼『RM[収益管理]のすべて――儲からない時代に利益を生み出す』 ロバート・G・クロス=著/水島温夫=訳/日本実業出版社/1998年10月(『Revenue Management』の邦訳)

▼『最新ホテル企業会計完全マスター ――真にグローバルなホテル・旅館経営のために』 山口祐司=著・監修/北岡忠輝、青木章通=著/柴田書店/2009年6月


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