CALS(きゃるす)情報システム用語事典

continuous acquisition and life-cycle support / キャルス / 継続調達とライフサイクル支援

» 2011年09月09日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 調達製品の設計・生産・運用に必要な情報を標準形式の電子データ化して集約管理して、メーカーとユーザーの間で共有することで、製品のライフサイクル全体を通じて効率的な活動を実現しようという取り組みのこと。あるいは、そのための情報共有システムをいう。

 CALSは、1985年に米軍が調達装備品の保守・維持・補給を効率化することを目的に始めたマニュアルの電子化プロジェクトとして生まれた。このノウハウが次に軍需品の調達に応用され、さらには設計・開発を含む製品ライフサイクル全体を対象とする効率化手法に拡張されるなかで、軍需産業にとどまらず、製造業・建設業などを含む広い範囲の産業を活性化させる“政策”に位置付けられるようになった。

 CALS概念は紆余曲折があってさまざまに説明されるが、基本は長いライフサイクルを持つ製品や設備の運用管理を効率化するために、関係者が相互に情報共有するという点にある。それが調達や一般取引、そして共同開発・生産へと拡大された。原形である軍用保守の時代から、CALSは1つのテクノロジではなく、複数の分野にまたがる標準規格の集合体として構想されてきた。CALSが標準とした技術には次のようなものがある。

  • STEP:CADデータ交換用の中間ファイルフォーマット(ISO)
  • IGES:CADデータ交換用の中間ファイルフォーマット(ANSI)
  • SGML:文書の論理構造・意味構造を記述するマークアップ言語(ISO)
  • EDIFACT:EDIプロトコル(UN/ECE)
  • CCITT G4:ラスタイメージの圧縮規格(CCITT)
  • SQL:RDBMSの定義や操作を行うデータベース言語(ISO)
  • ITEM:対話型技術マニュアル(MIL規格)

 CALSの原点は製品の保全・維持・補給を支援することである。それを支える基本概念・機能の1つに「コンフィギュレーションマネジメント」がある。CALSが管理対象とするのは、高度な工業製品や設備(製品システム)だが、これらは多数の部品(構成要素)からなる。長いライフサイクルの中で設計変更、生産上の制約、修理や改修などの理由で、初期設計と異なる構成要素が交換・追加・取り外しされる場合がある。こうした変更があっても要求仕様と整合させ、あるいは性能や機能の変更がどの程度かを明らかにする必要がある。こうした管理活動をコンフィギュレーションマネジメントというが、CALSでは電子データの交換により、これを迅速・確実に行えるようにする。

 次にCALSは調達・購入に拡張された。CALSの調達は「調達品運用概念」に基づいている。製品システムを構想・開発・発注する場合、その運用時に必要となる情報と使い方を先に入力するようになっている。受注者は設計・製作・選定段階で運用要求に合った情報の作成しなければならない。すなわち、CALSは運用段階の用途や使い方を中心に受発注を行う仕組みになっている。

 この状況で、有効となる基本概念・機能が「コンカレントエンジニアリング」である。利用時情報を早期に調達側と製品供給側が共有し、さらに部品メーカーなどとも密接に連携することで納期短縮を図る。

 CALSには「Create data once, Use it many times = データは1度作り、何度も使う」という標語がある。製品システムを構想・企画・設計する初期段階が最も頻繁にデータを作るが、CALSではこのデータを調達や運用段階でも有効に活用することを図る。

 CALSの歴史を振り返ると、その発端は米軍の後方支援(ロジスティクス)活動の合理化にあった。後方支援とは兵員・食糧・装備・兵器・弾薬・施設などを調達、貯蔵、配備する活動だが、ただ単にこれらを前線部隊に送り届けて終わりではない。兵員には訓練が必要であり、兵器や施設は時代遅れにならないように常に調査・研究・構想・開発を行い、配備後には補給や保全が不可欠だ。後方支援はこれらすべてを網羅する。

 問題になったのは兵器システムの維持活動だった。軍用機、艦船、戦車、弾道ミサイルなどの高度な近代兵器は十数〜数十年にわたって利用されるが、これを常時稼働可能な状態に維持するには技術者やマニュアルなどの保全体制が完備され、消耗品や修理部品、予備品の補給が滞りなく行われなければならない。

 ところが米国の兵器システムは1980年代に入って急速に複雑になり、それに伴って技術文書が爆発的に増加することになった。例えば、1980年のM1戦車では技術資料は4万ページを超え、技術マニュアルは20万タイトル、年間で500万ページの追加訂正があった。

 特にこの追加訂正が厄介だった。兵器システムは運用中にも型式変更や改造、使用方法の見直しがあり、マニュアル類も毎年更新される。米軍は世界中に展開しているため、当該兵器システムを配備している場所に必要な追加ページを配布し、差し替えを行わなければならない。紙ベースのマニュアルでこれを確実に行うことは困難で、当時年間1万件もの不良マニュアルがあり、2年も更新を待つ文書の存在が報告されていた。

 しかも米軍ではILSLCCの活動も行われていた。対象となるシステムのライフサイクル全体を考慮に入れて最も効果的な調達手段、最も経済的なコストを導き出す技法で、これらが要求する文書も膨大なものがあった。

 このような紙の洪水問題に対処するため、コンピュータを使って文書業務を効率化するというアイデアが浮上した。1984年4月、防衛分析研究所(IDA)は、米国国防総省 国防長官室(OSD)の指示を受け、官民合同のCALS(Computer-Aided Logistic Support)に関するタスクフォースを設置。タスクフォースは1985年6月に報告書『R-285』と提出して、CALSに関する戦略と基本計画を提示した。この計画は同年9月に米軍国防副長官ウィリアム・H・タフト(William H. Taft IV)の承認を受け、国防総省にCALS政策局が設置された。

 翌年、17の企業・団体が参加してCALS産業運営グループ(CALS ISG)が発足。実施計画を検討するうちに、兵器システムの調達プロセスもCALSの対象とすることになった。軍需産業企業は、保全・維持段階だけではなく、契約前後にも厖大なペーパーワークが義務付けられており、その電子化を図る決定である。この対象の拡大を受けて、CALSの名称も「Computer-Aided Acquisition and Logistic Support」へと変更され、新名称や内容をまとめた国防省ハンドブック『MIL-HDBK-59』が1988年に発行された(1990年に改定版『MIL-HDBK-59A』が発行)。

 クリントン政権が発足した1993年、米国商務省は米国産業界を活性化する政策としてCALSの普及を図った。商用CALSは、製造業の設計・開発から対外取引までの広い範囲を対象として、電子化・標準化を通じてリエンジニアリングする活動として位置付けられ、名称も「Continuous Acquisition and Life-Cycle Support」とされた。これを受けて国防総省のMIL-HDBK-59B(1994年)でもこの名を採用している。

 さらに1994年には民間CALSは「Commerce At Light Speed」の意味だと説明されるようになり、内容的にも企業統合や仮想企業など、壮大なビジョンが語られるようになった。

CALS名称の変遷
1985年 Computer-Aided Logistics Support
コンピュータによる後方支援
CALSプロジェクト初期の名称。特にマニュアルや技術文書の電子化に焦点が当てられていた
1987年 Computer-Aided Acquisition and Logistic Support
コンピュータによる調達と後方支援
防衛産業側の要請もあって「調達」が付け加えられた。CALSの最初の正式名称である
1993年 Continuous Acquisition and Life-Cycle Support
継続的な調達とライフサイクル支援
商務省と折り合いをつける意図もあって、「ロジスティクス」を「ライフサイクル」に置き換えている
1994年 Commerce At Light Speed
光速の商取引
政府が推進するECに即した名称としてCALS Expo '94で提案された。軍用CALSは「Continuous Acquisition and Life-Cycle Support」のままである
1995年 生産・調達・運用支援統合情報システム
商用CALSのコンセプトを取り入れた意訳。通商産業省などで使われた
1995年 公共事業支援統合情報システム
建設省が設置したCALSの研究会は「公共事業支援統合情報システム研究会」だった。国土交通省が推進する「CALS/EC」もこの名で呼ばれる
※一般にCALS概念は時代とともに拡大したと解説されるが、軍用CALSは現在でも後方支援のためのシステムである

 米国では商用CALSは1998年ごろには下火となり、あまり語られることがなくなった。一方、日本では1990年代半ばに“CALSブーム”が訪れ、さまざまな取り組みが行われた。1995年には世界との窓口として「CALS推進協議会」が発足。政府でも通商産業省(当時)がCALS技術研究組合(NCALS)を設立して、自動車CALS・鉄鋼CALS・鉄鋼設備CALS・電子機器CALS・部品CALS・ソフトウェアCALS・プラントCALS・航空機CALS・船舶CALSなどの研究や実証実験を行った。防衛庁(当時)や郵政省(当時)も電子調達の検討を行っている。

 また、建設省(当時)は「建設CALS 整備基本構想」を、運輸省(当時)は「港湾CALS 整備基本計画」「空港施設CALS グランドデザイン」を策定、この3つの計画は国土交通省の下に統合され、「公共事業支援統合情報システム」として稼働している。これは工事入札・工事データ納入システムである。

参考文献

  • 『CALSの世界――競争優位の最終兵器』 末松千尋=著/ダイヤモンド社/1995年5月
  • 『CALS戦略とEC「電子商流」』 松島克守=著/生産性出版/1995年6月
  • 『CALSの実像――21世紀に生き残るためのビジネス・インフラストラクチャー』 円川隆夫、城戸俊二、伝田晴久=著/日経BP出版センター/1995年7月
  • 『CALSの実践』 小林徹、宮西洋太郎、宇田川佳久、田淵謹也、増井久之、藤木忠三、鈴木隆二、岡本隆司、福士豊世、片岡正俊、中野宣政、小野茂昭、藤田悟=著/三橋尭=編/水田浩=監修/共立出版/1997年11月

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