データ中心アプローチ(でーたちゅうしんあぷろーち)情報マネジメント用語辞典

DOA / data oriented approach / データ中心設計

» 2011年09月09日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 システム設計に関する考え方の1つ。業務で使われているデータ(データベース)を先に明確化し、それに従ってシステム機能(ソフトウェアプログラム)を導出する方法をいう。

 データ中心アプローチには、いくつかの流儀がある。典型的なものは、システム化の対象となる業務で使われているデータの構造をERモデルでモデリングし、正規化を行ってデータベースを構築する。その後にデータベースのデータを操作・加工して必要な出力を生成するプログラムを作り、業務システムを開発するという方法である。

 しかし、データ中心アプローチはもともと「データは企業の共有資源」と考える情報資源管理に基礎を置いたものであって、個別業務の単位ではなく、“全社共有”のデータ基盤を整備することを前提とする立場もある。さらに、このデータ基盤を“共有データベース”と考える立場と、“エンタープライズモデル(概念データモデル)”と考える立場がある。前者は具体的には複数のアプリケーションが利用する実データを格納するデータベースを構築・整備するという方法であり、後者は実務的にはメタデータを格納するリポジトリの構築を優先して考える方法といえる(これらはそれぞれに排他的ではない)。

 データ中心アプローチは、データやデータ構造は変わりにくいという点に注目した手法である。データ中心アプローチに対置されるプロセス中心アプローチでは業務プロセスに合わせて機能(プログラム)の設計を先行し、プログラムごとに必要なデータを定義する。このようなデータは局所的な約束事、一時的な記憶であって、システム内での一貫性はなく、業務が変わると機能が変わり、それに応じてデータの形式や意味も変わることになる。

 それに対してデータ中心アプローチでいうデータとは、“事実の記録”である。例えば「売上」というデータ(データ項目)がどのようなものかは会計ルールで定義されている。「在庫」の意味が社内で決まっていなければ、システム化の以前に業務が混乱しているだろう。このように、“データ”が持つ意味や定義は簡単には変わらないものと考えられる。プログラミングにおいても使用するデータの意味・形式・所在などが一意に決まっていれば共用・再利用しやすく、業務変更に伴うシステム変更でもデータは影響を受けずにプログラム修正のみで対応できると期待できる。

 システムの中心にデータを一元管理するデータベースを据えると、プログラムはデータの入出力先として外部(ユーザーなど)以外にはデータベースだけを考えればいいので設計がシンプルとなり、開発工数の削減も期待できる。データベースがすべての元データを記録していれば、計算結果はいつでも再現できるので、プログラムは中間ファイル、ローカルマスタなどを持つ必要がなく、プログラム規模が縮小され、保守コストは低減される。これらがデータ中心アプローチの利点である。今日では、データベースを中心にした“データベースアプリケーション”は珍しい存在ではない。

 ソフトウェア開発手法としてのデータ中心アプローチは、対象物(データ)の構造に従って処理(プログラム)を導くという点で、オブジェクト指向と同じ視点に立つ。そうした相性・関係もあってか、さまざまな側面でデータ中心アプローチとオブジェクト指向技術の融合や併用が行われている。

 全社的データ基盤を築くというシステムアーキテクチャとしてのデータ中心アプローチは、サイロ化した大規模システムの統合を志向する。これは1990年代に“単一データベース”による統合をうたったERPパッケージと同種の発想である。ERPによる統合は多くの場合うまくいかず、システムの統合は大企業・大組織にとっては現在進行形の課題である。そうしたこともあってか、2000年代後半になって、データ中心アプローチは再び脚光を浴びるようになっている。

 歴史的に見ると、システム設計においてファイルやデータの設計を先行すべき、という考え方は1960年代からあり、「データエンテッド」「ファイルオリエンテッド」と呼ばれたという。しかし、実際のプログラム開発では、プロセス中心アプローチが主流だった。これは当時のソフトウェア需要の多くは比較的単純な業務の機械化であり、分析や設計に工数を掛けなくても、すぐにプログラミングを進めることができたためと思われる。

 この時期は企業情報化の領域ではMIS(経営情報システム)の可能性がさかんに語られていたが、1970年代に入るとMIS実現の手法として米国IBMのBSP(Business System Planning)、ミルト・ブライス(Milt Bryce)のPRIDE方法論が登場した。これらはデータを重視する方法論である。1970年代の末にはリチャード・L・ノーラン(Richard L. Nolan)らが「情報資源管理」「データ資源管理」を主張した。

 技術的には、1970年にはエドガー・F・コッド(Edgar Frank Codd)が「リレーショナル・データモデル」を、1975年にはピーター・チェン(Peter P. Chen)が「ERモデル」を提案。1980年代になると商用のリレーショナルデータベース管理システムが登場する。これを受けてデータベースの構築を前提とするシステム設計方法論が多数登場するようになった。クライブ・フィンケルステイン(Clive Finkelstein)とジェームズ・マーチン(James Martin)によって提唱されたIE(インフォメーションエンジニアリング)が有名である。“データ中心アプローチ”もこうした流れの中に位置付けられる。

 「データ中心アプローチ」「データ中心システム設計」という表現は、1980年代半ばに日立製作所(当時)の堀内一らによって使い始めたものとされるが、日本ではその後もTHモデル(椿正明、穂鷹良介)、T字形ER(佐藤正美)、渡辺式(渡辺幸三)などのデータモデリング方法が考案され、さまざまな技法が発展している。

参考文献

▼『データ中心システム設計』 堀内一=著/オーム社/1988年3月

▼『データ中心のプログラム仕様記述法』 橋本正明=著/井上書院/1988年5月

▼『データ中心システム入門』 椿正明=著/オーム社/1994年9月

▼『データ中心システム分析と設計』 在田博明、黒澤基博、小原覚、荻野純一、大栗正巳=著/IRM研究会=編/堀内一=監修/オーム社/1996年4月

▼『データ中心システム開発――事例で学ぶDOA実践技法』 オージス総研=著/電子開発学園出版局/1995年8月

▼『情報システムの戦略的構築――ビジネス・データベースの作成技法』 ジェームズ・マーチン=著/坂本広=訳/日経マグロウヒル社/1986年5月(『Strategic Data-Planning Methodologies』の邦訳)


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