麻倉氏:そのような映像美を支えるもう1つの技術がHDRです。制作者の話では、HDRの良さは白がとばないところにあるそうで、例えばご存知「ミロのヴィーナス」は地階の少し暗めな部屋、窓から光が注ぎ込んで白く輝くというロケーションにあります。これは従来のカメラ撮影が最も苦手とするシチュエーションの1つで、SDRで撮影すると当然窓の外の景色は白くトぶのが、HDRならすぐ隣を流れるセーヌ川の景色がちゃんと出てくるといいます。肉眼は当たり前のように見えるこの景色を再現することが、HDRには可能なのです。
――シュリー翼の彫刻が集まる地階の部屋に展示されているヴィーナスですが、この部屋は内装が暗色系で窓の光が強く照明もあまりないので撮影は本当に難しいと思います。海外の美術館はノンフラッシュならば撮影自由で記念撮影をする人も多いですが、何も考えずにシャッターを切ると見事に白がトんでしまうか黒が潰れてしまうでしょう。
麻倉氏:ヴィーナス像自体が純白の大理石ですから、カメラマン泣かせの被写体ですね。まさにHDRの本領発揮です
麻倉氏:撮影だけではなく編集においても8Kは今までの映像とは異なります。具体的にはダウンコンバートしたものを別の場所でオフライン編集してオンエアーするという通常のシークエンスで、2Kと8Kではカットの長さが違うんです。2Kでは短いカットを次々と流すということをしますが、8Kで同じことをすると「もっと視たい」と思っている内に次のカットへ変わってしまいます。このことからつまり、8Kのように情報量が多く内容が濃い番組は、それをきっちりと見せられる時間軸で流さないと視聴者に良さが伝わらない。要するに「時間をかけてゆっくり観よう」ということがいえるのです。
麻倉氏:今、20世紀の大マエストロであるチェリビダッケについての研究をしているのですが、音楽に関して実はチェリビダッケもこれと全く同じことを話しています。チェリビダッケの演奏はかなり“ゆったりめ”なことで有名で、その理由をよく質問された際に「作曲者がここまでスコアに書き込んだものを聴衆へ理解してもらうには、速く演奏していてはダメ」と答えたそうです。ある程度の時間をかけて吟味して、和音の意味や旋律のメッセージなどを1つ1つ聴衆の脳裏へ刻み込む、そのためにはゆっくりしっかりと音楽を奏する必要があるのです。
チェリビダッケの第一級の研究資料である「評伝 チェリビダッケ」(クラウス ヴァイラー著、相沢啓一翻訳)では、このように指摘しています。「作品の中に編みこまれている対位法や旋律の動き。和声やオーケストレーションといった表現の豊かさが聴衆に体験されてゆくためには、適切な時間をたっぷりと確保する必要があるからである。『その箇所に、多様性が豊かにつまっていればいるほど、より多くの時間が必要だ』とチェリビダッケは語る」。耳における音楽のあり方と、目における8Kのあり方は共通するところがあります。ジャンルは全く違いますが、表現の根底にあるものはつながっているんだなと、そんなことを感じた話でした。
ところで、今回は8K最新コンテンツ動向の“前フリ”で、まだコンテンツの具体的な最新事情に到達していない事に気付いていましたか?
――え、これだけ濃いお話をしてまだ前フリだったんですか!?
麻倉氏:次回はいよいよ本題の8K最前線事情に入りますから、もっと内容が濃くなります(笑)。楽しみにしておいてください。
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