世界同時株安を引き起こした、金融機関とヘッジファンドの罪藤田正美の時事日想

» 2007年08月20日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 先週は世界同時株安が地球を周回した。ニューヨーク証券取引所が下げ、東京、上海、香港、ロンドン、そして再びニューヨークが下げていった。先週金曜日(8月17日)の日経平均株価は、874円81銭安の1万5273円68銭で引け、3日連続で年初来安値を更新した。一方、ニューヨーク証券取引所のダウ工業株平均終値は8月17日、前日より233.30ドル高の1万3079.08ドルで反発。FRB(連邦準備制度理事会)が公定歩合(民間金融機関向けの貸出金利)を引き下げたことで金融市場の不安感が和らいだため、少し落ち着きを取り戻した。

 株安のきっかけは米国のサブプライムローン問題である(4月4日の記事参照)。信用力の低い人に貸し付ける住宅ローンで、残高は1兆3000億ドル、返済が滞っている延滞率が今年の第1四半期で約14%という。この住宅ローンは証券化されて投資家に販売されている。一般の住宅ローン証券に比べリスクは高いが、もともと金利が高く設定されているため利回りは大きい。そこでヘッジファンドや銀行などがこのサブプライムローンの証券に飛びついた。

支払い金利が増える時期

 このコラムでも2度ほど書いたが、住宅金融会社が無理してローンを「押しつけ販売」しているため、金利が高くなってくると当然、延滞が増えてくる(7月30日の記事参照)。しかも最初の支払い金利は低くても、徐々に高くなる仕組みなため、そろそろ支払い金利が増える時期に差しかかっている。さらにガソリンの値上げなど、サブプライムローンの借り手の家計は厳しさを増している。

 日米欧の中央銀行は、銀行の金融システム(とりわけ決済機能)を守るために巨額の資金を市場に供給した。これはあくまで銀行間の決済が滞ってパニックが広がるのを防ぐための予防的措置だ。銀行がヘッジファンドに融資し、そのヘッジファンドがサブプライムローン証券で大損をすると、銀行も大きな損失を被るという構造になっている。

 ちなみにヘッジファンドが銀行から借り入れるのは、それによって資金を膨らませて、投資効率を上げるためだ。100億円のファンドが年率10%で運用しても10億円の利益にすぎない。しかし900億円を借り入れて合計1000億円のファンドを10%で回せば100億円の利益が出る。900億円の借り入れに対して年率5%の金利を払っても、純利益として55億円が残る。つまり100億円のファンドが55%で運用できたというわけだ(こうしたやり方を「レバレッジを効かせる」という)。金利の安い通貨でカネを借り入れることがポイントであるため、円を借り入れるという動きも盛んだった。これが円安に大きく振れていた理由でもある。

“投機的”な融資で巨額損失の可能性を抱える金融機関

 サブプライムローン証券による損失は、FRBのバーナンキ議長によると500億ドルから1000億ドルとされている。この数字よりもさらに大きい損失額を見込む金融機関もあるが、信憑性は高くない。この程度の金額ならば吸収できるとする見方が強い。

 だが大きな問題が2つある。サブプライムローンが証券化しているため、その証券の保有者が分散している(それだけリスクが分散されているということでもある)。そのため誰が最終的にどのくらい損をするかという見極めがつきにくい。要するに金融市場が嫌うサプライズの可能性が否定できないのだ。もしサプライズがあれば、市場の大荒れが予想される。そこまで行くと回復するのに大変なコストと時間がかかることになる。今回、世界の中央銀行が連携して市場に多額の短期資金を供給したのは、もしサプライズがあっても中央銀行が責任をもって資金を供給するという姿勢を示すためであった。

 もう1つの問題は、そもそも金融市場にお金がだぶついているということだ。日本でもそうだが、銀行にとって優良な借り手はもはや銀行借り入れに頼る必要がない。市場から直接資金を調達する道があるからだ。従来型の融資で十分な利益を計上することが難しくなった銀行は、ヘッジファンドなどにも融資を実行している。結果的に、堅実なはずの銀行が“投機的”な融資で巨額の損失を被る恐れがある。銀行株の株価が乱高下するのは、まさにここが理由である。

 問題はあるものの、このサブプライムローン・ショックは「長くは続かない」という見方が強いようだ。基本的に世界経済の成長力が強いことが理由だ。インドや中国がこの株安で大きな悪影響を受ければ別だが、これらの国では実需が強いこともあり、このショックを乗り切ることができるだろう。

 この世界同時株安を通じて、だぶついている資金がどれほど消えるかの方が注目される。もし十分に消えずに巨額の資金が世界の金融市場を駆け巡ると、またどこかで「ショック」が生じるであろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.