企業買収ってどうやるの?――企業を買収する人の考え方 山口揚平の時事日想

» 2007年10月02日 12時45分 公開
[山口揚平,Business Media 誠]

 ここ数年で、広く一般に知られるようになった企業買収ファンド。では、彼らはいったいどのような視点で企業を見つめ、買収の判断をするのだろうか? 前回は、ロマン(事業戦略)とソロバン(資本政策)をバランスよく発展させてゆくことが大事だと述べた(9月25日の記事参照)。今回は、具体的な企業を例に考えてみよう。

 とはいえ、そのまま解説したのでは面白くない。ここでは企業買収人になった気持ちで、具体的に上場企業の買収のロジックをご紹介したい。

タウンニュースは割安?

 神奈川県秦野市に、地元密着型のフリーペーパーを発行する「タウンニュース(2481:JQ)」という会社がある。タウンニュースは、2006年にジャスダック市場へ上場したばかりだが、その後、新興市場の低迷に合わせる形で株価が下落している。企業価値評価システム「バリューマトリクス」の評価を見ても、割安な水準に置かれている。

上場以来、低迷が続いている
バリューマトリクスで見ても、割安といえる

 株価が割安な水準に置かれるのは、通常2つの理由によるものだ。

 1つは、相場全体に連動する形で株価が下がるケース。今回のように新興市場全体の低迷に飲み込まれて、個別企業の業績は勘案されずに株価が低迷することがある。もう1つは、明確な事業戦略が見えず投資家の評価が得られないケースだ。

 タウンニュースの場合はどうであろうか?

今は良くても、先が見えない

 タウンニュース社は、神奈川県を中心に購読料無料の「タウンニュース」というフリーペーパーを発行している。主な収益源は広告収入だ。

 「R25」など一般のフリーペーパーが首都圏を中心に情報提供しているのに対し、タウンニュースは県内の各地域に担当者を置き、ローカルなニュースを読者に提供している。だから地元企業との関連性が高い広告が多い。また、一般のフリーペーパーはパートやアルバイトがポストに入れて回るポスティング型や、駅などでラック(棚)に入れておいたものを利用者が持ち帰る方法を取っているが、タウンニュースは新聞折込型。そのため定期的・確実に読者に届き、読み手・広告主双方にとって継続的で質の高い紙メディアとなる。

フリーペーパーのビジネスモデルを分析する(クリックすると拡大、左)。タウンニュースが発展していくためには?(クリックすると拡大、右)

 つまりタウンページは、「地元密着型」かつ「新聞折込型」という独自のポジションを持っているといえる。この差別化により、同社の収益性もROE10%を超えており、こういった面からも好調な様子がうかがえる。前回紹介した通り、日本企業のROEの中央値は6.96%だから、成長企業といえど悪い水準ではない。過去のタウンニュースの業績を見ても収益性は高く、安定的に業績は拡大しているのがわかる。

 しかし、同社の資本政策面を見ると、事業の戦略性にやや欠けるかもしれない。

 タウンニュースは、2006年に上場し、9億円あまりの現金を手に入れた。しかし有価証券報告書よれば、その後は「2006年の6月にタウンニュース逗子・葉山版、横須賀版、三浦版を創刊」したのみである。

 また上場後、株主に配る配当性向は急上昇している。2004年の9.8%、2005年の7.9%から、2006年は21.1%、2007年は29.6%だ(有価証券報告書より)。要するに集めたお金をそのまま投資家に還元しているということになる。

 これでは投資家から「何のために上場したの?」と疑問を持たれてもやむを得まい。しかし単に「あぁ、割安なのだな」では済まされない。

 先も述べたが、同社の事業業績は安定しており、手元資金も豊富。さらに株価も安いとなれば、“彼ら”が黙っていないのである。

彼らは美味しい話を見逃さない

 彼らとは、買収ファンドだ。安くて儲かるとあれば、大規模なファンドはともかく、中小規模のファンドにとって、タウンニュース買収へ動く条件は充分揃っている。

 具体的な数字で考えてみよう。タウンニュースの時価総額は21億円(9月27日現在)だ。丸ごと買収するなら21億円かかることになる。ところがこの会社は無借金なうえ、上場で手に入れた9億円を持っているから、実際の買収価格はわずか12億円(21億円−9億円)ということになる。

 これに対し、現在、タウンニュースが毎年稼ぐキャッシュフローは、1.5億から2億程度。すると12億円支払えば、毎年2億円の収益を上げられるということになる。この利回りは約16.7%である(2億円÷12億円)。

 ファンドからすると、この利回りは“平凡”なものかもしれないが、工夫次第で上昇させることもできる。例えば、次のような工夫はどうだろうか。

 同社のキャッシュフローの安定性を担保に5億円の借入れを行う。仮にこの借金の利率が3%だった場合、毎年の支払いは1500万円となる。しかしキャッシュフローは2億円あるため、毎年1億8500万円のプラス収益が上げられる。つまり、買収に必要な自己資金は7億円(12億円−5億円)で済み、毎年1億8500万円を得られる算段になる。

 こうすれば利回りは、26.4%まで上昇する。資本コストの高い自己資金ではなく、借り入れを行うことで断然旨味のある買収案件にできるのだ。ちなみに26.4%の利回りというのは、10年間で元金が10倍になるのと同じぐらいの利回りである。

タウンニュースを買収者の目で見てみると?(クリックすると拡大)

買収されないためにはどうするか?

 タウンニュースが株価の下落や買収の標的にならないためには、事前に事業戦略を明確にし投資家を集結させることが必要だ。そのためには、現在同社が取っている戦略を明確にし、単純に発行部数や売上高を増加させるだけでなく、利益も出し続けなければならない。

 しかし、現在の戦略では地域密着型で質の高い内容が求められるため、スピーディな事業拡大を行う事が出来ないのである。もし、同社がエリアを拡大しようとすると、次のような流れになる。

 まず、進出したい地域へ記者などが利用する事業所を設置し、当エリアの新聞へ1〜2ページの折り込みペーパーを無料で出す。その後、徐々に広告主を集め、ページ数を増加させ出稿料金を得るというドミナント(定着)戦略を取っている。ある範囲のエリアを押さえると広告効果は飛躍的に伸びていくので、収益もそれにあわせて増加するという仕組みである。

 従ってタウンニュースが事業を伸ばしてゆくためには「ドミナント」が完了するまでの時間を短くし、なおかつ質の高い記事を書き続ける体制を確立することが必要だ。

 そのための方法は、1つはエリア拡大のスピードを重視し、思い切って各地域に専用事業所を設置しないこと(あるいは、簡易的なものにすること)。そして記者を自前で持たず、その進出地域からフリーランスの記者を雇い入れること。本社はこのフリー記者達から記事を集め、紙面へ統合・編集を行う機能に集中することだ。

 要するに、現在の地元主導型の事業推進体制から、中央コントロール型のオペレーション体制へ全面的に変えるのである。この手法によって人件費・事務所費などのコスト削減とエリア進出の機動性を両立させるのである――いかがだろうか?

急場しのぎの防衛策は、自社をやせ細らせるだけ

 最近の例を見ていると、“えたいの知れない”ファンドが株を買占め出してから、焦って急に買収防衛策を発動する企業が多い。しかし、このような急場しのぎの防衛策は自社と自社の株主の身を削りながら発動されており、結果として「買収されなかった」だけで、企業の価値は大きく棄損してしまっている。

 真の買収防衛策とは、平時から長期的視点に立って事業戦略を立て、それを市場に伝え、市場や銀行から調達してきた資本を事業に投下して収益を上げ、最終的に投資家へ還元するといった「流れ」を確立させることに他ならない。

 事業が上手くいっている(=ROEが高い)からといって、戦略を明確にすることがなく、配当金を多く払うだけでは問題があるのである。

 事業戦略(ロマン)と資本政策(ソロバン)とは表裏一体である。これからの日本企業はとくに、顧客や業界との付き合いだけではなく、市場というえたいのしれない存在との付き合い方を真剣に考えてゆかなければならないだろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.