「その仕事だけは絶対にやめておけ!」――就職に際して親から猛反対されたり、「そんな仕事をしている男のもとに娘はやれん」と縁談で言われたりする仕事が存在する。
親が反対する理由は、「苦労が目に見えている」「そんな惨めな思いをさせるために良い大学に行かせたわけではない」「家庭内まで暗くなる」など、子供の身を案じる内容ばかり。ただ、それはあくまで昔のイメージによる、とんでもない誤解であって、実際は決してそんな仕事ではない。むしろ、これほど世のため人のためになる仕事は、滅多にないのだけれども……。
その仕事とは、製薬会社に勤務するMR(=Medical Representatives、医薬情報担当者)。昔は、「プロパー」という呼び名で世間に知られていた。英語の“Proper”を想像するが、そうではない。“Propaganda”(=プロパガンダ、宣伝)を省略して、プロパーと呼ばれていた。
独特のイメージで語られることの多いMR。MRとは一体全体どんな仕事なのだろうか? 意外と世間に知られることのない彼らの実像をここで明らかにしてみたいと思う。
製薬会社が1つの薬を開発し発売するまでに、通常、9〜17年の歳月と約500億円の費用がかかる。候補化合物の中から新薬として発売にこぎつける確率は、実に1万2324分の1だ(図)。選り抜かれた薬だけに、新薬を絶妙なTPOで使用すれば劇的な効果を発揮するだろうし、逆に、一歩誤れば、まったく効かないか、最悪の場合、死亡事故などの深刻な事態を引き起こしかねない(実際、薬害事件は数多い)。
MRは、医者や医療機関に対し、こうした薬の情報を提供し、認知・採用・適正使用してもらうことで、1人でも多くの患者を病の苦しみから解放してあげることを目指す職業だ。さらに実際に使用してもらった結果について、効果や副作用などの情報を収集する。そして製薬会社にフィードバックし、使用方法の改善なども含めて対応を図り、新しい情報を繰り返し医療機関に提供してゆく。
極めて多忙で、しかも多種多様な患者を相手にしている医師には、個別の症例に応じた細やかな対応が求められる。そのためにはMRのもたらす情報が非常に大きな力となるのだ。MRと医療機関のこうした情報のやり取りの中で、1つの薬の持つ可能性は最大限に引き出され、やがては新薬の開発にもつながってゆくと言われる。
現在、日本全国に医師20万人に対し、5万5000人のMRがおり、MRを雇用している製薬系企業は約230社にのぼる。イメージ的には薬剤師が多そうだが、薬学部出身者は10%強で、大多数が文系出身という。また、昔はほとんどが男性だったが、最近では女性も増えてきている(約10%)。
MRは、一般的な営業とは異なり、あくまでも情報の提供、収集、伝達が主要業務であり、価格交渉や商品の納入には一切タッチしない。MRの活動によって自社の薬が特定の医療機関への採用が決まったら、その後の折衝は、薬の卸会社が担当する。営業であって営業でないような……でも売上ノルマが厳しく設定されるという微妙な立場だ。
昔、プロパーと呼ばれていた頃のMRは、陰で「男芸者」などと冷やかされるような、苦労の多い仕事だった。市場が拡大していたこともあって猛烈営業が幅を利かせ、何が何でも自社の薬を採用してもらおうと、医師に対する過剰な接待やサービスが横行した。夜な夜な高級料亭、高級クラブ、スナック……などに医師を招待し、休日はゴルフ接待。医師が学会に行くと言えば、そのチケットの手配はもとより発表資料を準備しなければならない。さらに医師やその家族のプライベートな用件をも引き受け、傍目からは「主人と召使い」にしか見えない場合も多かった。
実際、病院内で各社のプロパーたちが卑屈な笑みを浮かべ、医師の後ろをゾロゾロついて回る姿は患者やその家族に不快感を与えたし(病院の中で、白衣ではなくスーツ姿だったのも違和感の一因だろう)、接待やサービスを受けている医師ですら「売上のためなら危ない薬でも平気で売ろうとする連中」との印象を持ったようだ。そして何より、プロパー自身が惨めさと自己嫌悪に苦しみ、「仕事の現場を家族にだけは見られたくない」といった人も多かった。
時代は変わり、制度も変わった。しかし、世間の見る目はあまり変わらず、本稿冒頭で描いたような「誤解」も起きている。それに加えて、新しい制度になったことで深刻な問題が発生し、初心を喪失し、仕事にやりがいを見出せず、ふさぎ込んでしまうMRも少なくないという。
だが、そんな状況を抜本的に変革し、MRの地位向上のために立ち上がった男がいる。
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