私たち「男芸者」って呼ばれてました!――知られざるMRの世界(前編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(2/3 ページ)

» 2008年03月15日 06時11分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

MRをめぐる環境変化の荒波

医薬情報担当者(MR)教育センターの近澤洋平氏

 財団法人・医薬情報担当者(MR)教育センター(以下、センター)総務部次長の近澤洋平氏(45歳)は、元・第一製薬(現在の第一三共株式会社)のMRとして働いていた人物だ。MRの悲惨さも喜びも味わった経験を生かして、今は同社を退社してセンターに就職。今は現役のMRに希望と勇気を与えるべく、全国5万5000人のMRの教育研修に携わっている。

 「MRは、薬を通じて病の苦しみから人々を救う素晴らしい職業なんです。だからこそ、私は全国のMRの応援団長として、彼らの意識改革を行い、彼らを元気にしたい」

 人材開発課長を務めた第一製薬を退職し、同センターに転じて約1年。近澤氏の前には、解決しなければいけない問題が山積みしている。

 医療の世界は、この数十年で大きく様変わりした。かつて、医師は「象牙の塔」と呼ばれる封建制度の頂点に君臨し、製薬メーカーはその下で従っていればよかった。しかし、薬の副作用や医療過誤による死亡・障害事故の多発は、医師や製薬メーカーに対する世間の信頼を失墜させ、医療費抑制策による市場規模縮小は医療機関の経営悪化を招いた。さらに海外巨大製薬メーカー群とのグローバル競争の激化は、国内製薬業界の再編を促した。その流れの中で「患者こそが主役」「すべては患者のために」という価値観が台頭し、定着したことは見逃せない。

 「こうした急速かつ巨大な環境変化の下、MR(プロパー)のあり方についても再検討が加えられることになりました。それまで各社独自に教育研修をし、倫理・専門能力ともに玉石混交であった彼らのクオリティの底上げを図ろうということになって、1997年、MR認定制度がスタートしたのです。

 これは要するに、認定試験の合格をもって、MRに求められる最低限の資質を担保することになったということです。その第三者機関として、財団法人・医薬情報担当者教育センターが創設されました」

医師とMRの関係の変化

 では、医師とMRの「独特」な関係も変化したのだろうか?

 「もちろんです。医療機関への訪問規制が実施されるようになって、MRは患者さんたちのいる所へは立ち入ることが出来なくなりました。医師に会うのも、患者さんのいない所に限定されたわけですね。それに、それまでのような医師とMRの『濃密な人間関係』ではなく、あくまでも『エビデンス』(Evidence、科学的実証データ)に基づいた折衝・面談が重視されるようになったんです」

 そうした劇的な環境変化を受けて、センターではどのようにして、MRの育成を図るようになったのだろうか?

 「MRを目指す人は、『MR認定試験』の受験資格を得るために、まずセンターの定める450時間に及ぶ『導入教育』を受けなくてはいけません。半年近く、研修所に缶詰にされる感じですね。そして認定試験を受験し、合格すれば、MRとしての必要最低限の基礎知識が担保されます。その後は、それをより高度なレベルに高めるために毎年40時間以上の『継続教育』を受け、5年ごとに認定証の更新を受ける……というのが大まかな流れになっています」(図)。

MRになるには、MR認定試験に合格しなくてはならない。その後も継続して、さまざまな教育が行われる

病院に入れないことの弊害

 MR認定制度が始まって10年が経過した。これだけの「業界革新」を進めたにも関わらず、MRには今新たに、深刻な問題が噴出しているという。それは一体何なのだろうか?

 「訪問規制によって、MRが患者さんたちを押しのけて病院内を傍若無人に歩き回ることがなくなりました。これは良いことなんですが、言い換えれば、MRが病院から締め出され、なかなか医師に面会できなくなったことを意味します。MRの存在意義を真剣に問う時代が来たということですね。

 病院の内部に入れなくなり、MRが生身の患者さんたちを目にする機会もなくなった結果、『自分たちMRは、患者さんたちの命を預かり、病の苦しみから解放してあげることに貢献している』という実感を持てなくなってしまっているように思います」

 「患者」と一括りにされてしまうけれども、もちろん1人ひとりに、それぞれの歴史や人生があり、喜怒哀楽の情があり、周りには案じてくれる家族や友人などがいて、その人たちのさまざまな想いが交錯している。不安、絶望、希望、焦燥……彼らのやるせない感情の渦の中に身を置いてこそ、自分のミッションへの自覚はより強固となるし、回復した患者さんや担当医師から「ありがとう」と言われることでプロとしての達成感を味わうこともできる。

 しかし今や、MRが医療の現場というリアリティを感じる機会はほとんどなくなってしまった。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.