お通し無料、接客マニュアルなしの理由――串焼きチェーン「くふ楽」福原裕一氏(中編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(2/3 ページ)

» 2008年06月28日 05時30分 公開
[嶋田淑之Business Media 誠]

お通し代無料+味噌汁サービス

 しかし、値ごろ感価値を実現している店はほかにもたくさんある。他社にない同社の強みとは、

効用レベル > 価格レベル

を実現できており、顧客満足度が非常に高いという点にある。

 なぜ客はKUURAKUグループの店に行って満足するのか。それは福原氏の「食を通じて幸福なひと時を送ってほしい」という願いが、各店舗の運営の中で具現化されているからである。

元屋で提供しているお通し

 例えば、同社では「お通し」を無料にしている。しかし居酒屋業界では、お通しは売上の1割を占める、重要な位置づけにある。これを無料化し、「店からの気持ちです」と言って客に出す。

 多くの客は、無料でおいしいお通しで気分が良くなる。そこへスタッフが、マニュアルではない自分の言葉で快活に話しかけ、配慮の行き届いた対応をするから、客はさらに気分が良くなる。

 出てくる料理も、作り手の創意を感じさせる内容で、一定以上の満足度がある。そして最後に、テーブル会計に際して、思いもかけないサービス(熱いみそ汁)が供されるのだ。

 創業100年を超える都内の老舗居酒屋など、お通し代をとらないところはほかにもある。「お通し代無料」というサービスはKUURAKUグループが最初というわけではないが、

“店からの気持ち”としてのお通し(お通し代無料)

        ↓

気配り・目配り・心配りの行き届いた快活な接客 + 創意豊かな料理

        ↓

最後の味噌汁サービス

という一連の流れこそが、同社のオリジナリティであり、他店との差別化ポイントである。これが客の満足や感動の源泉として大きな効果を生んでいるのだ。

 「お通し代を頂かないことで、年間1億円の売上減になります。でも現実には、喜んでくださったお客様が、浮いたお金で別のメニューを注文してくださるので、トータルの売上は全然減っていないんですよ」と、福原氏は胸を張る。

 また、この流れの中の「気配り・目配り・心配りの行き届いた快活な接客」という部分は、各店舗でスタッフが自ら考え、実践しているもので、定型的なマニュアルは存在しない。誕生日を迎える客にサプライズでバースディケーキを用意し、スタッフ一同で「Happy Birthday to You」を歌って祝うといったサービスを行っている店舗もあるようだ。

居酒屋甲子園でベスト6入り

 ひとりひとりの客のために感動を創出し、それを客とスタッフが共有する。

 上述の内容は、筆者個人の感想ではなく、実際に目に見える成果を生み出している。それは「居酒屋甲子園」(参照リンク)での快挙である。

 居酒屋甲子園とは、「居酒屋から日本を元気にする」ことを目的に、2006年から始まった全国レベルのコンテストである。

居酒屋甲子園の公式サイト

 エントリーした居酒屋を、覆面調査員たちが、味やサービスなど20項目について、のべ3カ月にわたって調査を重ね、全国3エリアから代表店各2店を選出して、決勝大会を行う。

 KUURAKUグループからは、第2回(2007年度)に「くふ楽本八幡店」が関東エリア代表の1つに選出され、決勝大会に進出した。エントリーした居酒屋は739店舗。この中でベスト6入りしたのだ。

エリア 店名
第1エリア (優勝)いなせ寅゛衛門(愛知)、東洋酒家はなれ(群馬)
第2エリア 炭火串焼厨房くふ楽 本八幡店(千葉)、合点 本厚木店(神奈川)
第3エリア KOREAN CUISINE JYAPUCHE 雑菜(兵庫)、囲酒屋 永遠の緑卓(広島)
「居酒屋甲子園」でベスト6に選ばれた居酒屋。優勝は愛知県のいなせ寅“衛門(イナセドラエモン)

社会価値の創造 (1)――食の安心・安全崩壊への対応

 戦略を通じて創出される価値としては、上記のような顧客価値のほかに、社会価値がある。

 社会価値の創造とは、自社を取り巻く社会の中で、市民権を獲得することを目指して、社会が自社に対し理解・受容・信頼・支持を寄せるような、社会・文化・心理価値を創造し提供することと定義される。社会戦略(Societal Strategy)とも呼ばれる。

 現代日本の企業社会において企業の社会的責任(CSR)として広く認識されている部分である。

  1. 法的責任(=コンプライアンス)
  2. 倫理的責任
  3. 経済的責任
  4. 社会の価値観の変化への対応
  5. 社会が抱える困難な課題への取り組み

などが、その主要な内容となる。ここ数年は、特に(1)のコンプライアンスや、(5)の中でも地球環境問題への取り組みが注目のテーマになっている。

 KUURAKUグループでは、どのような取り組みがなされているのだろうか?

 今や、日本の食に対する信頼は完全に崩壊している。2007年以降、食品の産地偽装表示、賞味期限の偽装表示、高級料亭船場吉兆での残飯使い回し、中国毒入り餃子事件(未解決)などなど……もはや何を信じたら良いのか全く見当もつかない、とんでもない世の中である。

 偽装ばかりではない。安い食材を大量調達するために、海外から驚くようなものが輸入され、知らないうちに我々の口に入っている。例えばチリでは地元の人たちが誰も食べない海ヘビの一種をアナゴとして日本に輸出している。それが天ぷらやすしのネタとして日本全国に出回っていることは、最近では多くの人の知るところとなっている。

 上記(4)の社会の価値観の変化への対応に即して言えば、「ホンモノ」「製造物責任」「情報公開」が現代日本のキーワードであるのに、それと逆行しているのが食の業界だと言える。

 そうであればこそ、安心・安全をどうやって確保し、顧客に知らせるかは、現代日本で飲食業に携わる関係者にとっては、必須の要件だといえる。

 福原氏は言う。「メニューの中で産地表示をしています。健康志向の食材を増やすようにしていますが、無農薬・有機栽培のものはコストの問題もあって、まだ使っていません。弊社の場合は、オープンキッチンを基本にしており、それがディスクロージャーの一環になり得るものと考えています。すべてのスタッフの一挙手一投足が、周囲360度から完全に見えるわけですから」

KUURAKUグループでは、多くの店舗がオープンキッチンを採用している。くふ楽本八幡店(左)、豚の大地新宿店(右)

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