なぜバームクーヘンを買うのに、行列ができるのだろうか?それゆけ!カナモリさん(1/3 ページ)

» 2008年12月15日 07時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]

それゆけ! カナモリさんとは?

グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年12月12日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


12月3日 クラブハリエ・行列のできるバームクーヘンのヒミツ

 各地に店舗があるものの、どこも長蛇の列ができる大人気のバームクーヘンがある。「クラブハリエ」。購入するまでに1時間近く待つことも珍しくないが、食した瞬間に、「今までのバームクーヘンのイメージが全く変わった」と多くの人が絶賛する。

 その人気の秘密は何といっても、同社の職人が手間暇かけて焼き上げた味わいにあるのだが、果たしてそれだけだろうか。

 知っている人は知っている豆知識。「クラブハリエ」の母体は、滋賀に本拠地を置く和菓子の「たねや」。和菓子店の洋菓子部門がクラブハリエであり、そのメインたる大人気商品がバームクーヘンというわけ。

 和菓子から洋菓子への進出。その成長戦略はアンゾフの事業拡大マトリクスで考えれば、どう解釈できるのか。このマトリクスは、事業の拡大を分類する際に用いられる。横軸に製品、縦軸に市場をとり、同じ市場に対し新製品を投入する「新製品開発」、製品は変えずに新たな顧客を取り込む「新市場開拓」、新製品を新市場に展開する「多角化」などのパターンに分類する。

 「私は和菓子しか食べない!」という頑なな人がものすごく多いというわけではなさそうなので、顧客層は重なる部分も多い。だとすると、既存の顧客に新しい商品を提供する「新商品開発」という成長戦略のパターンだ。同様の和菓子から洋菓子への進出で人気商品を開発した例でいえば、「銀座あけぼの」の「銀座いちご」もある。

 たねやが稀有なのは、「経営シナジー」を発揮している点だ。会社内での人材や経営ノウハウを様々な事業分野で生かすことを「経営シナジー」という。たねやはグループ内に「菓子職人訓練校」を抱えている。単なる企業内の研修制度ではない。1998年に滋賀県知事より認定されている職業訓練認定校である。和菓子・洋菓子と製法は異なるものの、菓子作りという土台をつくり、さらに職人を創り出し、囲い込むこともできる。洋菓子への進出が、こうした人材を生かす成長戦略としては、かなり手堅いことが分かるのである。

 企業風土も特筆すべきものがあるだろう。滋賀を拠点とするため、売り手よし、買い手よし、世間よしという近江商人の「三方よし」の考え方が底流にはあるようだ。クラブハリエで出される商品にならないバームクーヘンの両端は、養豚場の飼料としてリサイクルするなど、環境意識が高い。和菓子の原料を生産する、農薬や化学肥料を使わない農園経営をし、地域社会には自然と触れ合う保育園の経営で貢献する。こうした取り組みが根強いコアなファンづくりに貢献していることは間違いない。

 しかし、グループとしての魅力作りだけで、あのバームクーヘンの行列ができているわけではない。ほとんどの人はそのバックグラウンドを知らないで並んでいるだろう。もう少し、バームクーヘンの人気の秘密を掘り下げてみる必要がありそうだ。

 コトラーの製品特性分析3層モデルで考えてみよう。コトラーの製品特性分析のフレームワークは3層モデルと5層モデルがあるが、今回はわかりやすい前者を用いる。商品・サービスが購入者に提供する「価値」を構造的に分解し、把握するのがこのフレームワークの特徴だ。

 3層で考える時、「製品」は、「中核」「実体」「付随機能」の3つに分けられる。「中核」とは顧客が製品やサービスの購入で手に入れたい主たる便益を表す。「実体」とは製品の製品の特性を構成する要素である。「付随機能」とは、上記に加えて、製品の中核価値に直接的な影響は及ぼさないが、その存在によって製品の価値を高めている要素を表す。

 誰もが虜になるその「味」が、間違いなく中心としての価値「中核」だろう。では「実体」は何か。クラブハリエの店舗の多くが、ガラス張りになっており、バームクーヘンを焼いているところを直接見ることができる。いわばおいしさの「見える化」である。そしてそこで活躍しているのは「菓子職人訓練校」の出身者なのだろう。クラブハリエのWebサイトでは、バームクーヘンを焼き上げる技を身につけるには、熟練した菓子職人でも3年から5年の歳月が必要、と言い切る。「職人が丁寧に焼き上げたバームクーヘン」という特性を、商品と職人の動きの「見える化」を通じて伝えている。これが「実体」だ。

 そして、「パッケージ」が「付随機能」だ。クラブハリエのバームクーヘンを購入すると、そのしっかりしたパッケージやリボンに驚かされ、「捨てられない」とするファンも多い。また、そのファン自身によるパッケージデザインコンテストなどの話題喚起も非常に効果的である。

 このように、コトラーの3層分析で考えても、あたかもバームクーヘンが幾重にも層をなしておいしさを形成するが如く、しっかりと価値構成がなされているのである。

 たまたま、何かのメディアに取り上げられ行列ができる店は数多い。しかし、一見客ばかりで結局は忘れられるケースは枚挙にいとまがない。「マーケティング」とは「売れ続けるしくみ」である。行列のできるバームクーヘン・クラブハリエと製造会社であるたねやにマーケティングの妙を見た。

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