自社株買いは株価上昇につながるか財務で読む気になる数字(2/3 ページ)

» 2009年03月13日 11時54分 公開
[GLOBIS.JP]

 自社株買いによって株式数が減少し、この結果、1株あたりの当期純利益(EPS)が増加することから株価が上昇するという説明をよく聞くが、上記のようにファイナンス理論から見るとそのようにはならない。確かに、上記のケースでは、EPSは100円(100億円/1億株)から111円(100億円/9000万株)に増加する。「株価=1株あたりの純利益(EPS)×株価収益率(PER)」であり、EPSは11%増加するので、株価も11%上昇するはずであるが、なぜであろう?  株価の計算式から考えて、株価が変化しないためにはPERが11%減少しなければ辻褄が合わない。自社株買いを行うとPERは本当に低下するのであろうか?

 株式配当モデルにそって考えると、PERは「(株主の期待利回り−当期純利益の増加率)の逆数(PER =1/(rE−g)」※となる。自社株買いを行うと株式時価総額に対する有利子負債額の比率(これをD/E比率とか時価レバレッジと呼ぶ)が上昇し、株主が負担するリスクが大きくなるため、株主の期待利回りも上昇する。当期純利益の成長率に変化がないとすれば、PERの式から言って株主の期待利回りの上昇によってPERは低下することになる。このように理論的には、自社株買いを行うと、利益成長率に変化がない限り、EPSは増加しても、同時にPERが低下し、株価は変化しないということになる。

※「PER = 株式時価総額/当期純利益……1」。ところで配当モデルに基づく株式時価総額(当時純利益は毎年全額株主に還元されると仮定する)は「株式時価総額 = 当期純利益/(rE−g)……2」となる(g:当期純利益の増加率、rE:株主の期待利回り)。 1に2を代入すると、「PER = 1/(rE−g)」となる。

 ところで、実際の株式市場では、自社株買いを発表したとたんに株価が上昇するケースが多いが、これは上述のファイナンス理論が現実に即していないのではなく、以下のような別の原因によるものである。

(1)自社株買いは経営陣が現在の株価は実力に比べて低すぎると判断しているためであると市場参加者が信じた場合

 経営者は部外者である一般市場参加者に比べ、自社に関しての各種の重要な内部情報を有している。「経営陣は外部者が知り得ない内部情報に基づいて現在の株価は低すぎると判断したために自社株買いを行った」と市場が解釈した場合、市場参加者は当該企業の株式を購入しようとする。この結果、株価は上昇する。このメカニズムを、EPSとPERの関係を使って説明すると次のようになる。自社株買いによってEPSが増加する一方、経営者の積極姿勢を受けて市場参加者による当期純利益率の増加率の予想が上方修正されれば、株主の期待利回りは上昇してもPERの下落率は小幅にとどまることになる。このため株価は上昇する。このような効果を一般に「アナウンスメント効果」と呼んでいるが、企業による増配のアナウンスも同様の効果を持つ。なお、企業が自社株買いのアナウンスを行っただけで実行しない場合、株価は一時的には上昇しても、その後、下降して元に戻ることになる。

(2)現預金を過剰に保有している企業がその過剰現預金を株主に返還した場合

 内部統制が脆弱な企業が過剰な現預金を保有している場合、現預金の時価総額が現預金の表面金額を下回って評価される事例が多い。このような場合、自社株買い(増配もしくは有償減資でも同様)によって現預金が経営者のコントロール下から外れると、現預金の評価額は本来の表面金額まで復元される。このため、株式の時価総額は増加し、株価は上昇する。ただし、これは正確には時価総額が増加したのではなく、毀損していた企業価値が復元されたにすぎない。第4回コラムでみたクレイフィッシュのケースはこれに該当する。

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