日本は“ソフトイシュー”先進国?川上慎市郎の“目利き”マーケティング(2/2 ページ)

» 2009年03月23日 03時39分 公開
[川上慎市郎,GLOBIS.JP]
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経営を左右する、個人と組織の「ソフトイシュー」

 過去の経験という“ストック(蓄積)”に基づいた個人芸は、当然ながら個人に蓄積されるものであり、組織のケイパビリティにはなりません。つまり、新商品開発の目的を「組織ケイパビリティの構築」とした途端、このような従来型の新製品開発のプロセスをまず見直す必要が生まれます。

 もしケイパビリティ構築を主目的とすえるならば、重要なことはいかに個々のメンバーにプロジェクトへ「参加している」という意識を持たせるかがカギになります。なぜなら、新商品開発のプロセスにメンバー1人1人が「部品」的に関わるだけでは、そのプロセスを組織全体のノウハウ、経験にすることにはならないからです。

 個々のメンバーが実際にこなす仕事はプロジェクトのごく一部に過ぎないものだとしても、それがプロジェクト全体の中でどういう役割、位置づけなのか。自分の強み、やりがいは何で、自分の担当以外のプロセスを担っているメンバーとうまく「協働」するためには、自分は何をし、また他のメンバーのどんな強みを頼り、やりがいに訴えれば良いのか。そうしたことを特定個人ではなく組織として認識・共有し、自律的にプロセスをマネジメントする経験を持つことが、ケイパビリティの構築につながります。

 このような、新商品開発の比較的オープンなプロセスで求められる能力や要素を、私は従来の「経験に基づく個人芸」に対して、「異なる才能の化学反応、およびそれを引き起こす力」と定義しています。もっと抽象的な言い方で言えば、「個人と組織のソフトイシューを把握し、マネージする力」と言えるかもしれません。

 個人のやりがいや持てる才能、性格は、必ずしも論理的、目的合理性のあるものばかりではありません。すべての人が「より多くの利益を上げ、多額の給料をもらう」ことを至上目的として仕事をするわけでもありませんし、「自分が成果を出す」ことにこだわる人もいる一方で、「他人が成果を出すのを手助けする」ことに喜びを感じる人もいます。一般に、経営学的な知識や論理によって定義できる問題を「ハードイシュー」と呼ぶのに対し、こうしたぼんやりとした感情や人格的素質に関する問題を「ソフトイシュー」と呼びます。

日本はソフトイシューに関する知恵の先進国?!

 市場が成熟し、新商品を開発したり新事業を立ち上げたりすることが、単純に売上と利益の成長の手段とならなくなったとき、企業にとっての優位性、すなわちマネジメントにとってのゴールは、人材と組織のケイパビリティの構築に変化します。その場合、個人によってさまざまに違う感情的/人格的な問題、つまりソフトイシューを組織としてハンドリングする能力、ノウハウが決定的に重要になります。

 一見とても難しそうに思える話ですが、実はよく考えてみれば、このようなノウハウは、私たちが昔から「職場の人間関係を円滑にする」などと称し、さまざまな形で実行しているものが多いです。

 非常にシンプルな方法としては「プロジェクトチームのメンバー全員を一つの大部屋に押し込む」「メンバー全員で泊まり込みの合宿会議をやる」といったものがあります。また、顧客インタビューやコンセプトメイキングの会議など、プロジェクト全体の方向性を決める重要な場面、決定的な場面にメンバーを同席させる、途中のプロセスにしかかかわらないメンバーに対しても販売やサポートなどの顧客接点業務を体験させるといった方法があり得るでしょう。

 このほか、私が最近出会った方法として、チームメンバー全員が「自分がやりがいを感じるのはどんなことか」「自分が過去にやりがいを感じたのは具体的にどんな時だったか」「今後そのやりがいをもう一度感じるために、どんなアクションが必要か?」という問いに対する自分の答えをメンバーと共有することにより、お互いのソフトイシューを共有するというワークショップもあります。

 世界的に見ても、最近はこのようなソフトイシューにフォーカスしたマネジメント手法やケイパビリティ構築について、多くの議論が交わされるようになっています。こうした領域は我々日本人にとっては、明示知化されていないだけで実は世界最先端のノウハウをもともと持っているのではないかと思っています。そのような知恵がもっと日本から世界に向けて提案されるようになると面白いのではないでしょうか。

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