ロックギタリストはなぜ、音楽サイトの編集長になったのか(後編)――BARKS編集長・烏丸哲也さん嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(5/6 ページ)

» 2009年04月18日 11時15分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

音楽雑誌の編集長に抜擢、そしてWeb媒体へ

 1990年代後半のこと。彼は、業績不振に陥っていたギター雑誌『YOUNG GUITAR』の編集長に抜擢される。「お前が一番ギターがうまいんだから編集長をやれって話でした」(笑)

 編集長として、約1年で見事に業績を回復させ、達成感を感じていた烏丸さんは、1999年、ソフトバンクグループに誘われたのを機に、転職を決意する。そして2000年3月、音楽情報サイト「ロンチ・ジャパン」の編集長に就任した。

 ロンチ・ジャパンは、「Launch.com」を運営しているアメリカのLaunchMedia、ソフトバンクパブリッシング、ヤフー、東京放送(TBS)の合弁会社として2000年3月に設立されたばかりで、烏丸さんは、その初代編集長になったわけだ。紙媒体からWebへの転身であった。

 「最初は暗中模索って感じで、とりあえずは、雑誌でやっていたものを、そのままWebに移し変えるだけでした」と、当時を振り返る。紙媒体当時と比較して、仕事自体は、やりやすくなったのだろうか、それともやりにくくなったのだろうか?

 「音楽業界には、インターネット業界に対する反発・反感が強くあって、なかなか取材に応じてもらえず苦労しました。90年代、着メロが大ヒットした時、その利益がレコード会社に一切還元されなかったことも影響したのだと思います。それで『YOUNG GUITARの烏丸』ということで協力してもらうしかなかったんです」。

 そして1年。何とかテイクオフしつつあった2001年5月、ロンチ・ジャパンはソフトバンク・メディア・アンド・マーケティングの100%子会社に移行。それに伴い、音楽情報サイト「ロンチ・ジャパン」も「BARKS」としてリニューアルオープンすることになった。

音楽情報サイトBARKS

 その時、烏丸さんは取材にこう答えている。「最初は、アメリカのLaunch.comを翻訳して提供するという感覚が強くありましたが、1年間運営してきて、日本で提供する音楽情報サイトとして、ベストな形とノウハウがつかめてきました。自分たちでハンドリングできる自信もついたので、新たにBARKSとして開始することを選んだのです。日本の音楽シーンや動向を常に踏まえて、一番熱いものを提供してゆきたいと思います」と。

 この発言内容そのままに、その後BARKSは、ユーザー、アーチスト、レコード会社から信頼されるサイトに育っていった。その根底に、ネット業界における音楽情報配信の在り方に対する烏丸さんの強烈な問題意識があったことは、インタビュー前編で述べた通りである。

 これから先BARKSは、どのような方向に向かおうとしているのだろうか?

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