“幸せな最期”のために――三つ葉在宅クリニック院長 舩木良真さん(3/4 ページ)

» 2009年05月01日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

「僕も昔は不良研修医だった」

 「なんかでっかいことやりたいなと漠然と思っている、やる気のない新入社員みたいなもんでした」

研修医になりたてのころは、臨床医にはほとんど興味がなかった。米国で薬の研究開発に携わって一旗上げようと、米医師免許試験の勉強ができる、楽と評判の大学病院を選んだ。どこか傍観者でいたから、医局の歪みも客観的に見えた。

 一方的に押し付ける医療がいやだった。「患者は本当に満足しているのか」。そう気になって、「何に困っているんですか」「家庭はどうですか」などと気軽に患者に声をかけた。「先生の説明がよく分からない」「全然話を聞いてくれない」などと、たまっていたものを吐き出すように話してくれる。医者の端くれ。頼られると、なんだかうれしい。

 ある時、70代女性の主治医を任された。女性は「痛い痛い」と繰り返すが、検査しても異常がない。多くの医者は見離し、精神病のようにすら扱っていた。じっくり話を聞いてみると、リウマチ性多発筋痛症という難病の一種であることが分かった。薬を投与すると、症状が劇的に改善した。「ありがとう」、涙を流しながら感謝された。病気を治したという達成感もあった。「医者の世界も悪くないな」、だんだんそう思い始めた。

 ちょうどそのころ、たまたま日本在宅医学会のシンポジウムで手伝いをした。講演に耳を傾けていると、演者の医師たちが生き生きとしている。大学病院の義務でやっている医療とは違う。みな夢を語っている。

 「『これだ』と思いました。ここに患者さんの安心があり、医師としてのやりがいがあると。病院の仕事は心がワクワクしなかったけど、在宅医療を通じて社会システムが変わっていく姿がくっきりと頭に浮かんだんです。めちゃくちゃ興奮しましたよ」

 シンポジウムが終わると、4人の医師の下に駆け寄り、「見学に行かせてください」と頼み込んだ。すぐに、東京、千葉、山口、仙台と現場を見て回った。大学の同期生などに声をかけ、「在宅医療を考える会」を結成した。毎月1〜2回、今後の医療のあり方を語り合った。「何か新しい医療が出来そうだ」「普通の医局に入って、普通の医師にはなりたくない」。そんな思いから、舩木さんも含めて3人が残った。2003年8月。開業を決めた。

安心の先にあるもの、幸せな最期とは

 あれから5年近くがたった。「新しい在宅医療の試み」と、メディアからも多く取り上げられるようになった。地元紙だけでない。NHK、読売新聞、日本テレビ。医師は非常勤も含め10人に増えた。売り上げも順調に増え、普通の開業医並みの報酬を得られるようになった。往来に使っていたオンボロのカローラは、環境にも配慮したプリウスに変わった。名古屋市の中心地にも新たにクリニックの拠点を構えた。

 開業した頃は、「なにか大きなことがやりたい」と漠然とした思いで始めた在宅医療。それを達成しつつある今、「一人でも多くの患者に安心を届けたい」と、奔走(ほんそう)する自分がいる。

 最近は、「幸せな最期とは何だろう」と考え続けている。お金がたくさんあっても不幸な最期を迎える人をたくさん見てきた。しかし、手を握ってくれる大切な家族がそばにいても、「なぜ自分が死ななければならないのか」と苦しみながら亡くなっていく人もいる。

 ビジネス書だけでなく、哲学、思想の本をたくさん読む。終末期の心のケアに当たるカウンセラーに話を聞きにも行く。バイオリン奏者にお願いして、音楽療法の試みも始めている。安心だけでなく、幸せな最期を。そのためにどんなサービスが提供できるのか。模索が続く。

 「『そんなに悩まなくていいじゃないか』と言われることもありますが、医師は悩むことをやめてしまってはいけないと思う。人と関わるということは、理論のようにキレイにはいかないんです。ただ、悩んだ後はぶれないことも大切。経営者であれ、医師であれ、簡単に軸足がぶれると信頼は得られません。正解のない問いに決断を下し、しばらくして『本当にそれでよかったのか』と振り返る。その繰り返しによって、医師も経営者も直感を鍛えていくものじゃないでしょうか。ひょっとしたら人生もそうかもしれません」

 「幸せのものさしはあるのか」との問いは、どんなに近付いても届かない問いなのかもしれない。それに目の前にいる患者の、生きてきた環境は変えられない。でもどんな人生だっていい。色んなことを考えたり悩んだりしながら、必死に生きてきたんじゃないか。その最期を安らかな気持ちで迎えてほしい。そう思う。

 1人1人の患者と向き合いながら、その答えを探し続けていく。

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