“幸せな最期”のために――三つ葉在宅クリニック院長 舩木良真さん(1/4 ページ)

» 2009年05月01日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

 愛知県名古屋市熱田区の団地の一室。舩木良真さん(30)は脱いだ革靴もそろえず、家の中に入っていく。「こんにちは。どうですか」、寝たきりの兵後きよ子さん(91)の側に行くと、笑顔で声をかける。きよ子さんは慢性気管支炎がもとで、病院への入退院を繰り返してきた。「自宅で過ごさせてあげたい」と開業医を頼ったが、肝心な時に来てもらえない。近所の手前救急車を呼ぶのは気がひける。困り果てていたとき、三つ葉在宅クリニックを知った。

 次女栄さん(57)は言う。「今は本当に安心。24時間365日いつでも飛んできてくれる。母も孫や猫たちにも囲まれて、本当に幸せそうです」

 舩木さんはノートパソコンを広げると、電子カルテに所見を打ち込み、その場で印刷。「診療レポート」を栄さんに手渡し、「明日電話します」と声をかけると、慌しく次の患者宅に向かう。「営業マンと一緒。朝から晩までずっとこうして走り回っています」と苦笑いした。

誰もが満足する在宅医療を創る

三つ葉在宅クリニックの舩木良真氏

 三つ葉在宅クリニックは経営学の知を生かし、地域で支える在宅医療を実現した。患者、医師、看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、家族……みんなが満足するシステムを創り上げることを目指し、今、全国の医師から「先駆的な取り組み」として注目を集めている。

 十分な設備が整わない自宅でも、患者が穏やかな日々を過ごせるよう支える在宅医療。患者の3分の1は末期のがん患者だ。三つ葉では痛みを和らげる緩和ケアに力を入れている。医師たちが大切にしているのは、患者の想い。「患者さんたちがどれだけいい時間を過ごせたと思えるか。そこに全精力を注ぎ込みたい」。舩木さんは言う。

 国は高齢化での医療費を抑制しようと、「病院から在宅へ」との運動を推進している。「長期入院病床38万床を15万床まで減らす」などの目標を掲げ、在宅医療の診療報酬を引き上げる施策を実施。だが、在宅医療を担う開業医は増えない。背景には、24時間対応を迫られる労働条件や、「患者が医師を訪ねてくるもの」という外来診療のイメージから抜けきれない医師独特の価値観がある。

 舩木さんが都内の在宅医療クリニックで修行を積んだとき、月曜から金曜日まで毎日当直医を勤めた。「相当きつかった。1人ではつぶれる。グループでやらないと絶対に無理だと思いました」。メディアで在宅医療が取り上げられる機会は増えたが、画面に映るのは、“自分の生活を犠牲にして社会に尽くしている” 医師の姿ばかりだ。

 講師を務めている母校の学生たちに「在宅医療のイメージは」と聞くと、こんな答えが返ってくる。「バイト」「汚い」「きつい」「田舎」「訪問販売」

 「楽しくて、やりがいがあって、しっかりと休めて。そういう職場をつくらないと今の若い人は在宅の現場に寄ってこない」(舩木さん)

経営学で武装した医師集団

 三つ葉在宅クリニックは「最高の在宅サービスを提供して、安心して暮らせる社会を創造する」を理念に、2005年4月、名古屋市昭和区で開業した。

 3つの自慢がある。24時間365日いつでもすぐに駆けつけること。患者さんの想いを何よりも大切にすること。そして、介護、福祉と連携してチームで一貫したケアをしていることだ。

 理念をお題目で終わらせないため、実際に経営効率と両立させながら、どう息の長いシステムを実現していくか。舩木さんは仲間とともに、ビジネスプランを考え抜いた。

 過剰労働を避けるため、“パートナー経営”を取り入れた。志を同じくする若い医師4人がタッグを組んだ。雇用関係がないから、開業当初はみな無給からスタート。初めての患者がついた時はうれしくて、4人全員で駆けつけた。夜間は当番制をしき、週1〜2日の休日、年2回以上の9連休、研修の機会も確保した。

 発想の転換もあった。医師を頂点とする序列が当たり前の中で、患者のより近くにいる看護師らを重要な“ステークホルダー”と位置付けた。それぞれの役割をプロとして医師が認めることで、看護師やヘルパーの承認欲求を満たす。そして、信頼を勝ち取ることで、最終顧客である患者を紹介してもらう戦略だ。

 自前の看護師を雇わず、60カ所の訪問看護ステーション、200人のケアマネジャーと連携している。患者それぞれにプロジェクトが立ち上がる。余命1カ月の末期がんの患者だと、「あと1カ月自宅で過ごす」という目的のもと、三つ葉の医師、連携しているケアマネジャー、看護師、ヘルパーが、医療、介護、福祉のプロとして、対等な関係で患者を支える。何か大きな問題が発生すれば、関係者全員が集い、話し合って方針を決める。

 直接の雇用関係がないから、医師が信頼されるには、患者本位との理念を共有してもらい、「この人とやっていると安心だし楽しい」と感じてもらう必要があった。三つ葉のとった戦略は“ソフトなリーダーシップ”だ。医師の権威の象徴である白衣は、あえて着ない。「力に頼らず、理念と人間性で周りを巻き込もうじゃないか」と、自分たちの理念や想いを必死に説明した。

 ケアマネジャーの女性(53)は話す。「医師は普通上からものを言う感じだけれど、三つ葉の先生たちは同じ目線で一緒にやりましょうと言ってくれる。こっちからも意見や考え、悩みも言える。何より患者さんたちはじっくり話を聞いてくれるので安心のようです」

 患者の笑顔を共有していくたび、評判は口コミで広がっていった。最初は夜中に来てくれなかった看護師やケアマネジャーも多かったが、今では「私たちも行きます」と、自分たちから動いてくれる。「あっちのおばあちゃんも見てください」と、頻繁に声がかかる。

       1|2|3|4 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.