「バーベキューがうまいのは自由になれるからさ」――南の国の“バービー”ナイト郷好文の“うふふ”マーケティング(1/2 ページ)

» 2009年05月14日 07時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・実行、海外駐在を経て、1999年より2008年9月までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。 2008年10月1日より独立。コンサルタント、エッセイストの顔に加えて、クリエイター支援事業 の『くらしクリエイティブ "utte"(うって)』事業の立ち上げに参画。3つの顔、どれが前輪なのかさえ分からぬまま、三輪車でヨチヨチし始めた。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 2本の門柱が両脇にそびえ立ち、その向こうには噴水が見える。噴水からはいくつもの“水柱”が、ゴールドコーストの青空に刺さっている。門から噴水までの道のりは、レンガの舗道と、鏡面のように滑らかに刈りこんだ緑の絨毯(じゅうたん)が続いている。門柱の鉄門が遠隔操作で開かれると、私たちはおずおずと邸宅の“裏庭”にクルマを進めた。そこには、名前をよく知る高級車と、名前を知るよしもない高級車とが整然と並んでいた。

 私たちの年老いたフィアットがアンマッチなのは言うまでもない。イグニッションを回す前に「今日は走れよ」と声をかけるのが日課のクルマだ。高級車たちがお墨付きの高級ワインとすれば、こっちはとうの昔にラベルがはがれて、年代モノであることだけが分かる代物。私たちは邸宅の駐車場で白鳥の群れに迷い込んだアヒル、いや土鳩(どばと)のようだった。

 だがここはオーストラリア。「No worries mate!(心配するなよ)」とつぶやくと、助手席の後藤が応えた。「そうだよコバヤシさん。No worriesで行こう」

 後藤と私はクイーンズランド州ブリスベンの日本料理店で働くシェフだ。しかし、“シェフ”とは名ばかりもいいところ。“ジャパニーズ・レストラン=高級”と現地でいまだあがめられるイメージを利用して、料理人を演じる日本人の若者。ワーキングホリデーの滞在期間をずるずると延ばし、オーストラリアに居座る流れ者に過ぎない。そんな2人がゴールドコーストのシーサイドの邸宅に、出張料理サービスで派遣されたのだ。

流れ者の日本料理人

 注文された日本料理は手巻き寿司くらいで主役は焼き肉、“バーベキュー”だ。「焼くだけなら流れ者シェフでもできるだろう」というのがボスの読み。バーベキューのことを“barbie(バービー)”と呼ぶこの国では、公園や海浜など至るところにパブリックバーベキュー設備がある。一家に1台のバーベキューグリルは当たり前。何にかこつけることもなくバービーを楽しむのがオージー流だ。今日もそんなパーティらしい。

 私たちは大理石に囲まれた厨房に入り、エプロンを巻き、はちまきをしめた。酢飯と具材をそろえ海苔を切り、手巻き寿司の準備。そして、バービーで焼く野菜や、“Wagyu”とも呼ばれる高級オージービーフをスライス、車海老も鉄串にさしておく。これは“日本の味”を鉄板焼きでアピールする食材だ。後はフルーツやデザートを適時出せばいい。

 いち早くやってきたパーティ参加者たちはワインやビールを片手に、あちこちで談笑し始めている。ダウンアンダー(オーストラリアの別称)の夜は明るいので、まだ晩という感じがしない。だが、そろそろシェフとして焼き始めることにするか。

 私と後藤はプールサイドのバーベキューグリルに食材を運んだ。そこには『JEPPE UTZON BBQ』、エレクトロラックス製のグリルがあった。輝くステンレストップとデュポンの人工大理石の台座、まるで建築物のような端正なプロポーションだ。トップのステンレスはスライド式で、両脇に伸ばせばテーブルとして使用可能。私はLPGガスに点火し、トングでビーフをつかんで網に並べた。火力調節も思いのまま、バーベキュー後進国の日本では考えられないぜいたくさだ。

 「Japanese Beef?」

 もう焼けたころかとグリルをのぞきに来たオージーが聞いた。

 「Yes, it's Wagyu」

 和牛と答えたものの、実際には現地の牛肉と混合されていて定義は難しい。そもそも和牛とは高級感のイメージに過ぎない。手練の日本人シェフという看板で、実はワーキングホリデイ中の若造と同じようなものか。

 ほんのりと火が通り、シズル感にもだえ出したWagyuに調味料をかける。使うのは塩とコショウだけ、それで十分だ。後はゴールドコーストの潮風と、沈んでいく夕陽が最高の調味料になる。火が通り過ぎないうちに、網から上げてやろう。Tボーンだろうがサーロインだろうが、どんな肉でもうまく焼いてみせるさ。

 「Omatase Shimasita !」

 私が日本語でそう叫ぶとどっと沸いた。肉に飢えたオージーたちが集まってきて、口々に“omatase” と真似るのには笑ってしまった。「No、no、あなた方は“kudasai”と言うのだ」と諭すと、今度は“kudasai”“kudasai”とうるさくて閉口した。そんなカジュアルな雰囲気もバービーならではだろう。

 Wagyuの端を少し切り分けて味見した。どうしてバービーの肉はこんなにうまいのか。それはきっと、肉や野菜が外の空気をたっぷり吸うからだろう。お好みでバーベキューソース、ソイソース(醤油)、マスタードを添えておけば、もうそれで十分ハッピーだ。

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