おもてなしの機内食、本日就航――Soup Stock Tokyo 森住理海さん(2/3 ページ)

» 2009年05月18日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

変革プロジェクトの壁を乗り越える

こだわりのメニューとシート

 何やら“かっこいい”企画書を携えてやってきた森住さんたちに、野菜やフルーツ、デザートなどのサイドディッシュを作るJALのケータリング会社は警戒をしていたに違いない。今まで企画から調理まで全てを任されていた子会社に、突然Soup Stock Tokyoという“外様”がやってきたのだ。当然、風当たりはハンパじゃない。

 社内の商品開発担当者、JALの担当者、JAL子会社の担当者、調理する工場、デザイナー、全ての担当者がそれぞれの事情や要望を主張し合う。森住さんは“ハブ”役となって、意見を調整しながら全体の質に徹底的にこだわった。

 「バナナなんて機内で出す前に黒くなるよ。そんなことも知らないのか」「トマトをグリルする手間なんてかけてられないよ」「キッシュなんていくらかかると思っているんだ」。そう反発する子会社の元に何度も足を運んでは、自分たちの熱意を伝えた。「料理に携わる人たちだから、根底にある気持ちは一緒のはず」。そう信じ、自分たちが考えたメニューを押し付けようとはしなかった。

 「安心」や「楽しさ」、「発見」など、機内食に込めたいコンセプトを繰り返し伝え、「何かちょうどいい素材はないか」「どういうことができるだろうか」と、相手の料理人魂に火を付けるコミュニケーションに徹した。反目しあう空気を、「一緒にいいものを作ろう」というムードに段々と変えていき、トレイに載せるメニューを編み出していった。北海道の小豆を使ったかわいらしい「鯛焼き」という発想も、そこから生まれてきたのだ。

 今回のプロジェクトの眼目は、トレイ全体の演出にもあった。料理だけではなく下に敷くシートやロゴマークにも、Soup Stock Tokyoの世界観を妥協せずに盛り込んでいく。裏側には、「それがJALのブランドイメージ向上にもつながるはずだ」との信念があった。

 JALの田中マネージャーはこう振り返る。「森住さんは安易な妥協は絶対にしない。料理やトレイシートのクオリティーに関して、うちよりも高いハードルを設定していた」。

 森住さんは言う。「こだわりを持ってやるところと妥協するところを、食べ物1つ1つでなく、抽象度のレベルを上げて分けていたわけです。ああでもないこうでもないと試行錯誤していても、『楽しい』『身体に優しい』などの基本的なコンセプトにおいてお互いのイメージがぶれていなければ、結果として我々の目指しているトレイを実現できるんです」

自分の弱点を見つめ、克服した

社内でのコミュニケーションは大切な時間だ

 ここに1枚の写真がある。河口湖のほとりで、会社の同僚とバーベキューしたときのもの。1歳の息子を抱えた森住さんは、笑顔を見せている。Soup Stock Tokyoに転職してから、人間関係を何より大切にしてきた。会社ではメールや書類作成は一切しない。ほとんどの時間を、上司や部下とのコミュニケーションにさく。それを象徴する1枚だ。

 何がいけないのか――。前職で部下をマネジメントできず、ちょっとずつ積み上げてきた自信がバラバラに崩れていきそうな時、ビジネススクールに救いを求めたのが転機になった。入学について「そんなことに金を使うな」と、反対した父親にはこう言った。

 「自分は、変わらないといけない。チームで何かを作り上げるという力を育てたい。そこが一番の弱点なんだ。ビジネススクールで疑似体験すれば、そういうスキルが伸びるはず」

 主張の裏に隠れた相手の思いや気持ちに配慮しながら、自分の意見も受け入れてもらう。人生やキャリアの修羅場をくぐり抜けてきたクラスメートとの数えきれない議論を通して、自分の世界やコミュニケーションの仕方も、どこまでも広がっていくような気がした。

 「MBAで、考える力や経営全般を見る視野も身に付いて、色々な事が分析できるようになりました。でも一番大切なのは、人間を見ること。相手の気持ちや立場を理解した上で、自分の仕事に巻き込んでいく力を身につけたことです。この力がなかったら、反発していたJALの子会社に協力してもらうことも出来なかったでしょう」

 JAL子会社JALUXの砂金智之さん(35)は「外の会社と何か新しいことを始めようとすると、お互いに譲れないところがあり、何べんもキャッチボールをしているうちに中止に追い込まれることも多い。今回も様々なところから反対の声が上がっていたが、それを突破していく力がすごかった」と評した。 Soup Stock Tokyo商品開発担当の桑折敦子さん(35)は「妥協したものは出せないという緊張感の中、よくこれだけの短期間で形にできた。プロジェクトの全体像を全て把握していた森住さんの役割は大きい」と振り返る。

 6月1日。「ON THE SHIP」は、就航した。

食を通じてシアワセに

 今は、真っ直ぐだったころがちょっと懐かしい。とがっていた自分は、転がり、ぶつかり、多くの人に削ってもらいながら、成長してくることができた。様々な壁にぶつかった時でも、自分の弱みを直視でき、心の支えになったのは、「食を通じて人をシアワセにしたい」という強い想いがあったからだ。

 1歳と4歳の息子たちの食事でも、添加物、着色料などが入ったものは、極力控える。自らキッチンにも立つ。いつか、家族揃ってハワイ旅行にも行くつもりだ。「この機内食はパパが作ったんだよ」と伝えても、理解はできないだろうか。けれど、大きくなったとき、ふと思い出してほしい。父親が、食を通じて笑顔を作る素敵な仕事をしていたのだと。

 息子たちだけでない。Soup Stock Tokyoの食事を通して、昔どこの家庭の食卓にもあった安全や安心、そして温もりを、1人でも多くの人に届けたい。「大量生産でも、それが実現できるはず」と信じている。「ON THE SHIP」プロジェクトは、その想いの結晶でもある。

 8月からは年輩の乗客に配慮して、食事のコンセプトを説明するビデオ上映も始めた。メニューも季節ごとに一新する。今後はアジア便にも「ON THE SHIP」が展開される予定だ。心安らぐひと時を、お楽しみください――。

 Soup Stock Tokyoと森住さんの挑戦は、まだまだ続く。

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