実は同じ企業価値の評価法!? 市場価値アプローチと本質価値アプローチ財務で読む気になる数字(2/2 ページ)

» 2009年09月04日 08時00分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]
前のページへ 1|2       

市場価値アプローチと本質価値アプローチの共通点

 資本資産評価モデル(CAPM)によれば、株式の期待利回りは以下のように計算される。

rEi=rF+βi × (rM−rF) ※

※rF:長期国債の利回り、rM−rF:マーケットリスクプレミアム(無リスク資産である国債から、株式のリスク指標であるβで1単位リスクを追加でとった時に得られる追加リターンの大きさ)。

 βは株式市場全体に対する相対的なリスク指数であり、この数値は企業の保有する事業・資産のリスクの大きさ、そして資本構成(有利子負債の株式時価総額に対する比率)によって決定される。事業の中身が変化せず、また資本構成が一定であれば、個別株式の期待利回り(rEi)は中期的に一定となることから、 PER式によれば、株価水準は市場が当該企業の将来の当期純利益の増加推移をどう見ているかによって形成されることになる。

 利益成長率であるgが大きいと市場が考えれば、PER式の分母である「rE−g」は小さくなり、したがって1株当たり当期純利益が変わらなくとも株価は上昇する。反対に、成長企業が増益ではあっても、市場の期待値には届かないような決算内容を発表した場合、利益成長率に対する市場の期待が大きく変化し (つまり当期純利益成長率であるgに対する市場参加者のコンセンサスが低くなる)、この結果株価は大幅に下落することになる。

 例えば、ある成長企業(と目されていた)企業のPERが100倍だったとする。rEが11%であれば、PER=100倍である場合の想定利益成長率は10%だったということになる(PER=100=1/(11%−10%))。ここで当該企業が市場の期待を裏切るような決算発表を行うと、市場の利益成長率に対する見方が下方修正され(例えば、新しい期待成長率を6%とする)、株価は5分の1に下落する(PER=1/(11%−10%)=100→1/(11%−6%)=20)。成長率期待が高い新興市場の企業群の株価が決算内容によって乱高下しやすい原因の1つである(「株式時価総額を「創る」ことはできるか――ライブドアが破綻した理由」参照)。

 このように、市場価値アプローチの代表的な指標であるPERは、ファイナンス理論における収益還元法と同じロジックで動いていることが分かる。株価は市場参加者の当期純利益の成長率に対する平均的な見解によって形成されているわけである。これは頭の中でDCF法を簡易化して計算を行っているようなものである。

 市場価値重視アプローチと本源的価値重視アプローチ、この2つのアプローチは表面的には大きく異なるように見えるが、実のところは利益(もしくはキャッシュフロー)の長期的な成長率をどう見積もるかによって株価や企業の価値を測定するという点で共通しているのである。

 企業買収時の適正価額算定によく用いられるEBITDA※倍率についても同じようなことが言える。市場価値アプローチには市場参加者の思惑が色濃く反映される一方で、DCF法のような本源的価値評価には個別企業の固有の事情が細やかに反映できる反面、それをどう評価するかという評価者の主観的判断が織り込まれやすい。株価や企業価値の算定に際しては唯一絶対という評価方法は存在せず、色々な指標や手法を色々な角度から評価・分析した上で総合的な判断が必要とされる。

※EBITDA:Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略で、金利、税金、有形固定資産の減価償却費そして無形固定資産の減価償却費を控除する前の利益である。EBITDA倍率は企業価値(買収価額)を当該企業の年間EBITDA金額で除した数値であり、つまり企業を買収した場合に、買収金額をその企業の何年間のキャッシュフローで回収できるかの指標である。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.