グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。
※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2009年10月30日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。
「開発目標は、ドリフト性能世界一です」
そんな開発リーダーのコメントが報じられた、コンセプトカーとして東京モーターショーに出展中のトヨタ「FT-86 Concept」。そこには、どんな狙いが隠されているのだろうか。
日経トレンディネットに「トヨタ『FT-86 Concept』、新ハチロクの開発目標はドリフト性能世界一」と題したレポートが掲載された。
「FT-86」に付けられた「ハチロク」はトヨタが1983年に発売したスポーツカー「カローラレビン」「スプリンタートレノ」の車両型式番号「AE86」が原型だ。大ヒットマンガ『頭文字D』(講談社)の中でドリフト走行のテクニックがピカイチの主人公が乗る無敵のクルマでもある。
うーん、ハチロクで「ドリフト性能世界一」とはまさにマンガの世界……と思うと同時に、「誰がターゲットなの?」とも思った。開発リーダーのコメントは続く。
「ゴルフのスコアで100を切れるくらいの運動能力がある人ならドリフトが決められる、そんなクルマを目指しているんですよ」
ゴルフのスコアで100……やっぱりオジサン、往年のファンがターゲットであるようだ。その狙いを開発者はズバリ語っている。
メインターゲットは40〜50代の男性。つまり1980年代の若いころに、かつての「ハチロク」に乗っていた、あるいは憧れていた人々だ。「目指すのは、オヤジがカッコよく見えるクルマ。運転するお父さんを見て、息子が自分も乗ってみたい、運転したいという憧れや夢を抱くクルマにしたい」
「若者のクルマ離れ」といわれて久しい。若年層の就業環境や収入の問題も大きな要因であるため一概には言えないが、若年層の興味・関心がクルマから他のことに移行しているという。
しかし、既に興味・関心を失っている層に「クルマはステキだ!クルマは素晴らしい!」と言っても耳を貸してもらえるものではない。例えば、「陶芸」に興味がない人にその美しさや文化的な意義を説いても無駄なのと同じだ。
ゆえに、「将を射んとせばまず馬を射よ」。まず、脈のあるオジサンを取り込んで、一子相伝でその魅力を教え込ませようという戦法なのだ。開発者の願いは、オジサンたちの楽しそうな姿から、若い人にも関心が広がってほしいと考えているということである。
世界的に見れば、新興国の需要は活発化している。インドや中国といった経済発展の著しい国々だけでなく、さらに後発のインドネシアでも二輪車の生産が急増しているらしい。この先、さらに需要が高まる新興国も控えていることを意味している。しかし、そこで求められているのは、低廉で利益率の決して高くないクルマである。
国内を見渡せば、少子化によって、マーケット縮小はいかんともしがたい。しかし、それよりも急速な若年層の「クルマ離れ」によるマーケットの縮小は何としても避けたいところだろう。ましてや、業界最多のシェアを持つリーダー企業は、その流れを食い止める必要、いや責任がある。
さてあなたがマーケティングの責任者だったらどうするか。若者の意識まで一企業が変えられるのか。ファストファッションに身を包み、「身の丈消費」を心得ている、子供たちの心を動かせるのか。
トヨタは「若年層の親狙い」よりも、さらに壮大な戦略も展開している。
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