書籍だけじゃない! 美容サロンも“FREE”の時代に?それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2010年06月16日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
前のページへ 1|2       

顧客を囲い込むための戦略

 長引く景気の低迷は消費者の節約志向を加速させ、「ぜいたく」なものだけでなく「不要不急」の需要を根こそぎ低迷させた。美容サロン業界はその直撃を受けた業種の1つだといえるだろう。顧客数そのものが大きく減る以上に、来店・利用頻度が低迷。髪を整えに来る間隔が長くなることが業界全体を冷え込ませているのである。上場企業である田谷の2010年3月期の決算短信を見てみると、大幅な減収減益になっていることが分かる。

 田谷の田谷和正社長は日経MJのインタビューに対して、「景気低迷の影響で客の来店頻度が低下している。2009年度は2008年度に比べ、既存店の入客数が1.2%減り、売上高は3.6%減少した。美容業界では来店機会を増やすため、割引など価格競争が激しくなっている」とコメントしている。

 業績が落ち込んだときにどうするのか。極めて当たり前な話だが、「利益=売り上げ−コスト」である。昨今、コスト削減の努力にはどの企業も血の出る思いで取り組んでいる。しかし、コスト削減の努力にも限界がある。とすれば、売り上げそのものを回復させることが欠かせない。「売り上げ=客数×客単価×リピート率」である。田谷の施策は美容業界にありがちな、穴の空いたバケツで水をくむような新規顧客獲得に偏重した施策を改める狙いがあるのである。

 消費者が商品やサービスを認知してから購買行動を起こすまでの態度変容を表すモデルとしては、「AIDMA」が有名だ。A(Attention:注目)→I(Interest:関心)→D(Desire:欲求)→M(Memory:記憶)→A(Action:行動)である。しかし、AIDMAの問題点は、基本的に1回1回の購買までしかとらえていないことだ。初回購入までの設計を行うのであれば十分だが、リピート促進の施策を組み込めない。また、有料・無料のどちらの場合もあり得るが、初回の購入が「お試し」であった場合、再購入させ、さらにロイヤル顧客化するまでのプロセスをカバーしていないのである。

 その問題を解決するには、AMTULというモデルを用いるとよい。A(Awareness:認知)→M(Memory:記憶)→T(Trial:試用)→U(Usage:日常利用)→L(Loyal:ファン化)である。

 田谷の展開をAMTULで考えてみよう。

 A→M→Tまでの新規来店促進施策は通常とあまり変わらないかもしれない。しかし、その後の再来店促進の施策を前提にするなら、「2週間無料相談&再施術・ヘアセットサービス」などを打ち出して新規獲得にも貢献することも可能だろう。顧客としては「お試し(T)」的に初回利用をする。そして、その場で「2週間無料相談&再施術・ヘアセットサービス」の説明を受ける。

 仕上がりに問題がなかったとしても無料であれば、相談とセットを試そうと思う顧客は多いだろう。通常のサロンに比べれば、顧客との接触頻度は倍に上がる。接触のたびに微に入り細をうがつような施術・相談・サービスを繰り返すことによって、U→Lという段階を経て顧客のロイヤルティーを獲得することができるのである。

 通信販売業界などでは「RFM」という指標が用いられている。

 「R:Recency=最新購買日:どれくらい最近に購入しているか」「F:Frequency=累計購買回数:どのくらいの頻度で購入しているか」「M:Monetary=累計購買金額:全部でいくら購入しているか」である。RFMはそれらをポイント化して、顧客がどのくらい自社の利益に貢献してくれているかを把握する顧客管理手法である。

 田谷の再来店施策は、無料サービスの利用であるため、正確には上記のR:Recencyにはならないが、来店間隔を短くする効果を上げているのは間違いない。結果として、F:Frequency、M:Monetaryを高めることにもなる。

 無料サービスでかかる費用といえば、若干の整髪剤のコストぐらいで、多くは技術料だ。顧客が引きも切らず来店し、スタッフの手が空かない状態であれば無料客は収益低下につながるが、昨今そんな状況ではないだろう。手が空いているスタッフをどんどん使ってサービスを提供し、顧客を再来店させるべきなのだ。

 来店頻度を高め、スタッフやサロンとの関係性を深めれば、さらにオイシイ状態を作り出すことができる。

 来店して、カットをする。それが最低限の取引だ。相談に応じ、アドバイスをすることによって、ちょっと冒険してみようかという気に顧客がなる。パーマやカラーの利用を獲得できる。さらにヘッドスパの利用を促進することができたり、一般のドラッグストアでは販売していないシャンプーやトリートメントなどの物販の可能性も高まったりする。

 つまり、関連商品の販売である「クロスセリング」によって、1顧客、1来店における売り上げだけでなく、利益率向上を図ることもできるのだ。田谷の決算短信を見ると、売り上げ以上に営業利益が大きくへこんでいる。それをカバーする狙いも当然あるのだろう。

 この事例は、美容サロンの再来店促進による売り上げ・利益回復施策というだけの意味合いではない。もはや日本市場の縮小傾向は人口動態から明らかだ。真っさらな新規顧客が呼び込めるというのはもはや幻想に過ぎない。果てしない競合との顧客の取り合いが繰り返される世界になっているのだ。しかも、景気が回復したとしても消費者の購買欲求が元の水準に戻ることはないと言われている。であれば、顧客をいかにケアして囲い込み、利用促進の提案を行うかは、全業種共通の課題となってくるのである。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


関連キーワード

マーケティング


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.