キヤノンから中小企業まで……“仕事”基準で会社はこう変わった――人事コンサルタント、前田卓三さん(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(4/5 ページ)

» 2010年06月19日 00時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

東大と早稲田が戦後の日本をダメにした!?

 すでに多くの実績を挙げている前田さんであるが、中央官庁全部を仕事基準に変えることを視野に入れているという。

 「いまだに、『東大法学部出身にあらずんば人に非ず』という中央官庁が多々存在することに代表されるように、一事が万事、日本の中央官庁は人基準なのです」

 東大法学部出身でなくても、大物政治家の大臣秘書官になったのを機に、個人的に目をかけられ、異例の出世をした官僚がいたりするが、それとても人基準であることに変わりはない。属人的諸要素(レッテル)から完全に自由な仕事基準で運営される中央官庁など存在しないということだ。

東京大学公式Webサイト

 産業界については、どのように考えているのだろうか?

 「中央官庁と並んで、三菱グループなどの旧財閥系企業を仕事基準に変えることは必須だと思います」

 そして、前田さんは大胆にこう言い切った。「東大と早稲田が戦後の日本をダメにしたと言っていいでしょうね」

 東大は中央官庁や財閥系企業で、早稲田はマスコミ業界で人基準の価値観を構築し、それは今なお色濃く残っている、ということだろう。そういう意味で、地方の人々を中心に、子どもの教育に関し、いまだに東大信仰・偏差値信仰がなくならないのは、当然なのかもしれない。

 マスコミに関していえば、社員の採用について、何かにつけて、学歴はもとより、家柄(閨閥)がモノを言い、有力企業の経営者の身内や有力国会議員の関係者などが優先的に入社していることは周知の事実である。人気業種での、こうした人基準偏重は、特に若い世代に対して、「しょせん、世の中にはウラがある!」「どうせ俺(私)なんて……」という無力感を醸成するばかりで、日本社会の全体最適のために何ら良いことはない。

 中央官庁+財閥系大企業グループ+大マスコミを仕事基準へと変革することで、日本社会の価値観が変わり、日本の教育のあり方まで変革することができるし、それが日本再生への道である……というのが前田さんの主張なのだと私は納得した。

 「日本という国が仕事基準になったならば、今までのように少しでも偏差値の高い大学へ入ろうとなどと小学生のころからガリ勉することもなくなるでしょう。大学は自分の人生にとっての選択肢の1つに過ぎなくなり、中途半端な大学にムリして入って、挙句、劣等感や無力感にさいなまれて、人生を狂わせるなどという現代日本の悲惨な状況は変えられるはずです」(前田さん)

仕事基準普及への課題は何か?

 ただ、懸念されることもある。それは、かつて日本に導入された欧米発の経営理論で、日本に“正しく”定着したものはほとんど存在しないという事実だ。

 例えば「戦略」という用語が、日本の産業界に入ってきたのは1960年代後半のことであるが、今では本来の意味とは著しくかけ離れた意味合いで一般化してしまっている。

 企業でも役所でも個人でも、ある目的を実現するために講じる手段一般を「戦略」と呼ぶことが多い。もともとは、環境変化が、それまでのように連続的・現状延長的でなくなったことへの対応策として考えられたのが「戦略」であった。すなわち、非連続で現状否定型の環境変化の時代を迎え、そういう中にあって、組織が自己の目的を実現するために、自らもまた、非連続で現状否定的な「自己革新」を行うことを核にして主張されたのが「戦略」だったのである。

 ところが、その最も中核的な部分がいつしか消えてなくなり、目的のために講じる手段一般に成り下がってしまった。そして、そうした誤りを是正しようと発言すれば、「まだ戦略とか言っているの? 時代遅れだよ! 今の流行は『●●理論』でしょ」と笑われる。

 思えば、日本への欧米経営理論導入の歴史は、これの繰り返しであった。前田さんが主唱する仕事基準、そしてそれを制度化した「付加価値報酬制」もまた、そういう道を歩む危険性が存在するのではないだろうか?

 前田さんの理論への社会的認知度が、ある閾(しきい)値を超えた瞬間、それは一挙に日本全国に拡大するだろう。それ自体は歓迎すべきことであるが、しかし、それと同時に、それは前田さんの手元を離れ、ひとり歩きを開始する。そして、必ずしも本質を理解できていない、しかも社会的には影響力のある人々によってさまざまに“変質”させられるであろう。

 「日本型仕事基準はこれだ!」……と主張されるような風景は、容易に想像されるのではないだろうか。そうなれば、現在は付加価値報酬制において、「ポジションの占める比率を絶対に5割以下に落とさない」というルールで運用していても、そうした変質によって、仕事基準とは名ばかりの新たな人基準に変容してしまうのではないか?

 そういう轍を踏まないためには、前田さんに匹敵する使命感を有し、前田さんの理論を的確に伝達する力をもった分身を何十人、いや何百人も早急に生み出す必要があるのではないだろうか?

 そう尋ねると、「確かにそれはおっしゃる通りで、アタマの痛い問題です」と前田さんも率直に認める。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.