これがITベンチャーのリアル――堀江貴文氏が語る、小説『拝金』の裏側(1/4 ページ)

» 2010年08月24日 08時00分 公開
[堀内彰宏Business Media 誠]

 若くしてITベンチャー企業を立ち上げ、数年で上場、時価総額を急激に拡大させていき、プロ野球チームや放送局の買収に動く……。

 6月17日に発売された『拝金』は、そんなどこかで聞いたことがあるような筋書きの小説だ。著者は、証券取引法違反で一審、二審で有罪判決を受け、現在、最高裁に上告中の元ライブドア社長、堀江貴文氏。『拝金』は発売2カ月で5万部を突破、加えて電子書籍として1万部以上販売しているなど、静かなロングセラーとなっている。

 かつてライブドアがたどってきたような道をなぜ今、小説として書いたのか堀江氏に尋ねた。

元ライブドア社長の堀江貴文氏

実際にあった面白いエピソードをつなぐだけで、いいものは書けるはず

――『拝金』を書くきっかけを教えてください。

『拝金』(堀江貴文著)

堀江 NHKドラマ『ハゲタカ』で描かれていたようなITベンチャー企業像に違和感を持ったからですね。社長室には神棚があるといったことが描かれていたのですが、いわゆるITベンチャー企業でそれはないと思いますよ。酉の市で売られている熊手も見たことがないというくらい、基本的に神頼みのようなものをみんな考えていないですし、そういう世代でもありません。

 また、『ハゲタカ』ではITベンチャー企業の社長が、主人公をピストルで撃ち殺そうとしますが、そういうのも誤解を生むのでやめてほしいんですよね。僕からすれば「どうやってピストルを手に入れるんだ?」と思います。悪いイメージばかり出てきています。僕は、そういった暴力などに頼ってしまう小説やドラマの描き方に憤慨しているところがあって、それに対する1つのアンチテーゼとして『拝金』が生まれました。

 例えば、島耕作シリーズを読んでいると、「何回、暴力団と絡んでいるんだ?」と思います。あれを読んだ普通の人は、「企業というのは常にそういった闇勢力との関わり合いを持っているんだ」と思ってしまうんです。

 僕はヤクザみたいな人とは、1回も関わったことないですよ。偶然、名古屋駅のプラットフォームで、声をかけられたことがあるくらいです。1人で新幹線に乗ろうとしていたら、「堀江さんですか。ファンなんです」と言われて、「怖い人に声をかけられた」と思いつつ、やり過ごしたと思ったら、怖いボスみたいな人が来て、「困ったことがあったら……」と言われて名刺をもらっちゃった、くらいのことしかなくて、一緒にご飯を食べたりしたことも一切ないです。ましてや、脅されてどこかに監禁されたり、呼び出されたりしたようなことも一切ありません。

 『拝金』では「そういうことを書かなくても物語として面白くなるんだ」と示したかったんです。「お前ら適当なことを書いて、誤解を広めるなよ」という感じです。プロットを作る際に安易な取材しかしていないから、そうなっている部分もあるのではないでしょうか。

『沈まぬ太陽』(山崎豊子著)

 外部の人でも、例えば山崎豊子さんはしっかり日本航空を取材して『沈まぬ太陽』を書いていますが、そこにヤクザが出てくるかというと、出てこないわけじゃないですか。もちろん、株主優待割引券を横流しして、社内で裏金を作ったりはしているのですが、それは一般社会でも普通にあることです。交通費をごまかしたり、私用で使ったタクシー代を会社に請求したりすることが大きくなっただけの話だと思います。一般の人が「ちょっと魔が差してしまった」という世界と、ヤクザの世界はとても大きな乖離があると思うので、それを一緒にされると困るなあと。

 僕はITベンチャー企業の内部で実際に経験を積んできたからこそ書ける実情があると思っています。暴力やドラッグに頼らなくても、実際にあった面白いエピソードをつなぎ合わせるだけで、いいものが書けるはずです。みんなは細かいエピソードとか知らないですからね。

 『拝金』に登場する、パーティなどに女性を集める「仕出し屋」の“サル”や、流れのイタリアンシェフの奈良橋さんなんかは、すべて実在の人物をモチーフにしたり、実在の人物の要素を合成したものであったりするのですが、そうした人たちのエピソードって通常の取材では出てこないと思うんです。インサイダーでない作家には書けない世界、あるいは何年もかけて取材しつくさないと出てこない世界だから、多くの作家は暴力やドラッグに逃げてしまうんだと思います。『ハゲタカ』では主人公がプールサイドで撃ち殺されそうになりますが、「そんな山場を作ろうとしなくても、実体験に基づいた面白いエピソードを積み重ねるだけでドラマは作れる」という気持ちが動機として一番大きなところでしたね。

――なぜノンフィクションではなく、小説形式にしたのですか?

堀江 小説でしか書けないことがあるからです。迷惑がかかりまくるし、面白おかしくできないからということもありますね。

 例えば、白トリュフとふぐのコースが出る店のエピソード。その店は実在していて、僕も初めて食べた時には「トリュフのゲップが出る」と感動したのですが、そのふぐ屋は小説と違って、カードで支払いができるんです。ただ、それだとインパクトが足りないので、現金でしか支払えない別のふぐ屋と合わせました。実話のハイブリッドなので、リアリティは保てますし、それでいてインパクトは倍以上になるわけじゃないですか。それが小説の面白いところですよね。空想でありえないことを書くと、実際にあったことのように感じられないので、実体験に基づいたエピソードを組み合わせて作りました。

――フィクションの体裁をとりながら、フジサンケイグループ内の権力闘争を描いたとされる『閨閥〜マスコミを支配しようとした男』を参考にされたのかなと思いました。

『閨閥〜マスコミを支配しようとした男』(本所次郎著)

堀江 それも意識はしていますね。『閨閥〜マスコミを支配しようとした男』は絶版になっているのですが、その経緯として、フジテレビから圧力がかかったからなのか、その後『メディアの支配者』を出した中川一徳さんからクレームが入ったからなのか、どっちなのかなと思っていました。

 『拝金』は『閨閥〜マスコミを支配しようとした男』と同じく、徳間書店から発行されているので聞いてみたのですが、中川さんが雑誌で連載していた時の表現の一部を『閨閥〜マスコミを支配しようとした男』が流用したみたいなんですね。フジテレビからも何らかの話はあったのかもしれませんが、僕は知りません。

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