これがITベンチャーのリアル――堀江貴文氏が語る、小説『拝金』の裏側(2/4 ページ)

» 2010年08月24日 08時00分 公開
[堀内彰宏Business Media 誠]

グリーモデルが一番上手くいった時という設定

――今まで小説を書かれたことはあるんですか?

堀江 まったくないですね。2009年秋くらいに、担当することになる編集者と会ってからプロットを考えて、最初は漫画にしようと思っていたのですが、結局、小説にすることになりました。執筆期間は3カ月くらいで、書き上がったのは今年の5月くらいです。自分の経験なので、取材はゼロですね。

――『拝金』には“オッサン”と“藤田優作”という2人の主人公が登場しますが、設定はどのように決められたんですか?

堀江 主人公の2人は、簡単に言うと、僕の人格を両極端に半分に分けたような感じです。オッサンは、僕の実年齢より4〜5歳くらい上で、金を持っているけどその使い道に困っていて、世の中をシニカルに見ていて、すべてをある程度見通せるような人という設定。藤田優作は、バカで、無鉄砲で、若くて、何も知らなくて、でもやる気だけはあって、コンプレックスはあるけどそれを払拭するために一生懸命頑張る人という設定です。僕自身はいろんな要素の集合体で、実在の人物は普通そうだと思うのですが、小説の中のキャラクターだと両極端にした方が分かりやすいし、読者が感情移入できると思ったのです。

――藤田優作が立ち上げるITベンチャー企業が手がける事業として、伝書鳩育成ゲームというソーシャルゲームを選んだ理由は?

堀江 そんな極端な設定の20代前半の主人公が、短期間で上場するストーリーにしたかったので、そうするためにはどうしたらいいかと逆算して考えました。モデルとなったのはグリーなのですが、グリーがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をやろうとしていた時期を省いて、釣りゲーム(釣り★スタ)を伝書鳩育成ゲームに変えたという形です。

 時間がないので、実際に釣り★スタはやっていなくて、育成系ゲームもさわりくらいしかやっていないのですが、仕組みは分かります。競馬シミュレーションゲームの『ダービースタリオン』についても書いていますが、それもまったくやっていなくて、でも周りにやっている人はいっぱいいたので、何をやるかは分かっています。僕にとってのゲームは20数年前の『イース』『ソーサリアン』で止まっているので。ただ、そこで遊んだゲームにすべての要素が多分入っていると思うので、大体想像はつきますね。

 グリーは2004年に立ち上がったのですが、最初の2〜3年は手がけていたSNSがあまりうまくいかなくて、ミクシィの後塵を拝していたわけです。ただ、リクルートとKDDIの資本を入れて、auの公式サイトとなって、モバゲータウンのビジネスモデルを取り入れて大成功したわけです。

 それなら、最初からそれだけをやればいいだろうということで、『拝金』ではグリーがいきなり釣りゲームを始めたような設定にしました。そして、オッサンというある程度、業界に人脈のある人のバックアップが付けば、大きく成長できるだろうということです。グリーモデルが一番上手くいった場合という設定なので、リアリティはあるはずなんです。

 実際に海外ではFacebookGrouponのように、2年くらいで売り上げが数百億円規模となる会社があるわけじゃないですか。「20代のフリーターで何のスキルもないけど、200万円くらい金を借りたら、そこまでいける可能性がゼロではない。ゼロどころか結構可能性がある」というリアリティを感じてほしかったんです。そうした起業物語に、「プロ野球チームを買収しようとしたらどうなるか」といったエピソードをくっつけました。

 上場のシーンも、実際に近いですね。ライブドア(上場時はオン・ザ・エッヂ)の上場記念パーティは地味だったのですが、その前に開かれたインターキュー(現GMOインターネット)の上場記念パーティでは当時イメージタレントになっていた木村佳乃さんのような芸能人が来ていました。上場を経験した人たちはみんな、このくだりを読んで共感するんですよ。上場日に証券会社の人たちが日本橋の老舗店とかに昼飯に連れて行ってくれるのですが、しょぼい接待で「こんなんでごまかすなよ」と思ったりするところとか。

 証券会社の社員をスカウトすることも普通に行われていました。公開引受部にいるような人だと野心が芽生えてくるので、ストックオプションをエサにどんどん転職していくんですね。

 『拝金』では上場記念パーティでの話として描いていますが、ボルドー5大シャトーワインを混ぜて飲むというのも、とある有名歌手の誕生日パーティで実際に行われたことです。また、2004〜2005年ころの時代性を出すために、シャンパンを出すシーンでもドン・ペリニヨンではなく、アンリ・ジローを持ってきています。

 みんなが知らない世界を描いているわけですが、それにリアリティを持たせるためには本当に近いことを書かないといけないと思っています。みんなが思っているIT起業家のバブリーなイメージというのは、20年前の土地バブルの時とまったく変わっていないんですね。「ITバブルも土地バブルも同じようなもんだろ」と。だから、ちゃんぽん飲みにしても、ドン・ペリニヨンのピンク(ロゼ)とロマネ・コンティを混ぜて飲むみたいな、滅茶苦茶な飲み方を想像するわけです。20年前は実際そうだったから。

 でも同じバブルでも、お酒の飲み方や知識については進化していて、ボルドー5大シャトーワインをちゃんぽん飲みするのは合理性があるんです。ロマネ・コンティのようにブルゴーニュ地方の小さなピノ・ノワール種のブドウ畑でとれたブドウだけから造ったワインと違って、ボルドーのワインはブレンドワインなので、ある程度ほかのシャトーのワインと混ぜても、それなりの味になるんです。混ぜものをさらに混ぜものにして、そのいいところだけをとっていくというイメージで、そこそこおいしいものになるという話です。

 ワイン漫画『神の雫』原作者の亜樹直さんにその話をしたら、「ボルドー5大シャトーワインの中でも、癖のあるシャトー・オー・ブリオンを抜いて混ぜたら完璧だね」と言われました。昨日、よく行くワインバーでさらにその話をしたら、「シャトー・オー・ブリオンの代わりに、癖のないシャトー・シュヴァル・ブランを入れたら完璧だよね」みたいなことを言われました。ワインがすごく好きな人たちというのは、多分、一生に1回くらいそういうことをするわけですが、そんなエピソードを入れてみました。

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