古書店主が語る、ネット時代の古本ビジネス(3/6 ページ)

» 2010年10月06日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

専門店に本が集まる理由

澄田 プロの古書店の定義にはいろいろあると思いますが、2つの側面を挙げます。第一は家族が養える収入があるということ。第二は古書の評価に関して、真似ではない自分の値段を持っているということです。

 後で話すように、古書の価格には相場というものがあります。しかし、時代の要請にこたえて、新たに本の価値を見出していくのも本屋の仕事です。誰もが評価していない本に、新たな価値を発見できること。そういう分野を持っていなければプロの本屋とは言えません。

 古本の価格形成の話をする前に、せどりと古書流通の仕組みの変化についてお話しします。古書の世界は大変広いので、どんな古書店でも見落として、安く価格が付いているものがあります。特に新古書店と呼ばれるタイプの古本屋は一般書の専門店なので、ちょっと変わった本やプレミアが付くような本に関して非常に安く売られていることがあります。

 しかし、相場よりはるかに安く売られているような本は、基本的にその店の取り扱い品目外のものです。積極的に仕入れているということはありません。たまたまほかの本に混ざって買ってしまった本を、「まあいいか」という感じで並べているわけです。だから、そういうものが大量にあるということは期待できません。

 そもそも、企業が採算がとれないものとして切り捨てている部分です。そんなにもうかるのなら、店自身が店員にせどり的なスクリーニングをさせるはずですが、そうしないのは人件費に見合うだけの収入が得られないからです。せどりはいわば“落ち穂拾い”です。月に5万〜10万円の収入にするつもりならできますが、本業にするのはちょっとつらいです。

 もちろん、せどりは悪いことではありません。安すぎる値段が付いた本は、本当に必要としている人のところに届かない可能性があるからです。正当な値段で売ってこそ、あるいは正当な値段で売る店に置いてこそ、本はその本を探している人の手に渡るのです。

 本を探している人は専門店に集まります。では、専門店にはなぜ本が集まるのでしょうか? それは専門店は売り値が高いからです。買い値が高いからではありません。ここを間違えないでください。売り値が高いから本を長く置いておける。長く置くためには利益が多くなければならない。値段は高いけども目的の本を見つけることができる。それが専門店です。

 古書組合に入っていない地方の古書店に珍しい本が並んでいると、それを買い取って地元の市場に出す業者がいます。それを誰かが落札して、東京の市場に出し、そこで買った人がまた大市(大規模な古書交換会)に出品する。こうして本はあるべきところにおさまります。少し前までこんな仕組みが機能していたのですが、最近では本の流通も随分変わりました。

 相場形成力という意味で、10年前には市場での取引価格はほとんど絶対的でした。ほかには有力書店の古書目録があったくらいです。今はオークションやネット販売での価格が、一般の人の相場観に影響を与えるようになりました。市場の値段と、古書データベース「日本の古本屋」の値段が二大相場として拮抗(きっこう)する関係にあります。誰でもインターネットで見ることができるので、非常に力があるわけです。

日本の古本屋

 ところが、ネット価格を相場として真似することには、さまざまな問題があります。

 古本の価格とは何なのでしょうか。古書には3つの価格があります。1つはお客さんからの買い値です。2つ目は市場での相場です。3つ目はお客さんへの売り値です。古本はほかの商売とは違い、まだ商品でないものを仕入れて、商品にして販売する仕事です。そこにさまざまなコストがかかります。始めから商品としてパッケージされて、伝票を付けられて送られてくる、ほかの商店の仕入れとはちょっと違います。

 では、流通業の原価率、販売価格に対する仕入れ価格の割合はどのくらいでしょうか。原価は卸売業者に支払った価格だけではなく、運送やその他、仕入れに使う費用全体を含みます。多くの流通業では、30〜60%くらいが原価となっています。

 古書店ではどのくらいになっているか。あまり上場企業はないのでよく分からないのですが、さまざまな人の話を総合的に判断すると、10〜40%くらいの業者が多いのではないかと思います。

 ここで注意しなければいけないのは、古書の価格はお客さんからの買い値と、古書店での売り値のほかに、市場での相場というものもあるということです。市場の取引価格は2つの価格の中間にあると考えられます。つまり、主に市場で仕入れして販売している古書店と、主にお客さんから買い取りしている古書店とでは随分原価率が違ってくるはずです。

 また、お客さんから仕入れて市場に出すのが主という人もいます。1〜2年という単位でお客さんに売るのに比べて、市場に出すとはるかに早く売ることができます。その代わりリスクも大きい。市場はオークションと同じで、出してみなければいくらで売れるか分かりません。出品したものをもともとお客さんからいくらで買ったかは秘中の秘なので、詳しくは分からないのですが、一般的に考えて「市場なら、このくらいで売れるだろう」と考える金額の半額以上でお客さんから買うという人はあまりいないのではないかと思います。

 では、古書の相場はどうやって決まるのでしょうか。「市場での取引価格が相場になる。一番重要だ」と今まで言われてきました。この相場はその時々で変わりますが、プロ同士の取引なので信用性は比較的高いものです。ただ、非公開なので一般の人やその市場に参加していない業者は知らないわけです。また、取引量がそんなに多くないので、いつも同じ品物が出ているわけではありません。「この品物が去年出ていていくらだった」という感じです。

 有力書店の古書目録は、その分野のプロが値付けするので価格に安定性があります。「来年もだいたい同じくらいの価格で売っているだろう」と思えるはずです。ただし、古書目録の場合は売れたかどうか分かりません。古書目録に書いてある価格で売れたとしても、印刷物なので目に見える変化はありません。そのため、本当に売れる値段かどうかよく分からないというところがあります。

 そして、いわゆる専門店の店頭価格は、ほかの本屋にとって一番参考にしたい価格です。しかし、いくらで売っているのか不明の場合も多いです。

 かつて相場といえばここまででしたが、ここ10年で新しく出てきたものがあります。ネットオークションやネット書店などで売られている価格です。これは売れれば、データが消えてしまいます。過去に売れた本の価格は分かりません。今、出ているものは売れていないものですから、実際の取引価格が分からないのです。実勢をまったく無視したような価格である可能性もあります。しかも、短い時間に非常に大きく価格が上下することもあります。売った業者にとっても、その価格は自分で付けたものというより、結果的にそうなった価格なので、責任を持つということはないでしょう。

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