ゲームの情熱は勉学に向けられるか?――教育ゲームの可能性野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(1/2 ページ)

» 2010年10月15日 08時00分 公開
[野島美保,Business Media 誠]

「野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン」とは?

ゲームは単なる娯楽という1ジャンルを超えて、今や私たちの生活全般に広がりつつある。このコラムでは、ソーシャルゲームや携帯電話のゲームアプリなど、すそ野が広がりつつあるゲームコンテンツのビジネスモデルについて、学術的な背景をもとに解説していく。


 遊びだけではなく、勉強ができるようになるアプリとはどのようなものか。英語や漢字学習など、教育的で実用的なゲーム・アプリにはすでに多くのタイトルがある。しかし、ここにきて注目を集めているのが、教育の情報化である。教科書という公的教育の本丸が電子化するという。

 「2020年までに、すべての小中学生が1人1台の情報端末とデジタル教科書を持つ環境を実現する」という政府目標を受けて、7月に設立された「デジタル教科書教材協議会」では、教育関係者と民間企業による課題整理が進められている。

中村伊知哉著『デジタル教科書革命』

 慶應義塾大学の中村伊知哉教授の著書『デジタル教科書革命』は、デジタル教科書の可能性から学校教育の近未来像を語る。誤解されがちだが、すべてがデジタル化されるわけでも、教室での対話や紙のノートが消えるわけでもない。デジタルに任せた方が教育効果の上がるところを情報化し、デジタルとアナログを上手く組み合わせた新しい教育方法を模索するものだ。

 デジタル教科書の波及効果は各産業に及ぶ。iPadのような情報端末を小中学生1000万人に配布し、各教室に電子黒板を設置するハードウェアの整備だけでも、大きな市場だ。通信分野では学校のクラウド・コンピューティングが課題となる。ソフトウエアでは、教材の電子化という教育出版の大変革が起こり、電子書籍やゲーム・アプリ業界などITコンテンツ系の産業を巻き込むだろう。

 しかし、ビジネスへのインパクトばかりでなく、本来の目的である、教育向上による日本の競争力回復を考えたい。日本人生徒の学力低下が叫ばれて久しいが、それにも関わらず、対GDP比の教育費(公的支出)や学校の情報化については、諸外国に水をあけられている。

 筆者がより深刻と考えるのは、学習意欲の低さである。学習が将来役立つと思う人の割合についても、他国に比べて低いという。どんなにデバイスや環境が整っても、本人のやる気がなければ始まらない。

ゲームの情熱を勉学に向けられないか

 筆者は、オンラインゲームの研究をしているうちに、ゲームに没頭する若者の情熱を、どうにかして勉学に向けられないかと考えるようになった。

 あるオンラインゲームで小学生ユーザーが、毎日何時間も同じモンスターを繰り返し倒していた。レア・アイテムを得るためには、マウスクリックするだけの単調な作業を何百時間も行う必要がある。ここまでくると、もはやゲームを楽しむというような状況ではない。かえって算数ドリルの方が変化に富んで楽しいのではないか。そう彼に尋ねると、「確かにつまらない“作業”だ」と認めつつ、「それでも、結果が目に見えて分かるのが良い」という趣旨の説明をしてくれた。

 算数ドリルを毎日することにしても、成績が上がる確証はなく、また、どこまでやればよいかも分からない。ましてや、成績が上がることで、将来どれだけ良いことがあるかも分からない。

 なぜオンラインゲームに熱中するのか。その理由を探っていくうちに、ゲームプレイの爽快感でもゲームとしての作りの良さでもなく、あるいは友達がいるだけでもなく、「努力が報われるスピード」が究極の理由であると、筆者は結論づけた。

 モンスターを倒したり家を建てたりすれば直後にその結果が現れ、現実世界よりもはるかに早いレスポンスが得られる。ゲーム世界で昇進したければ、モンスターを多く倒してレベルを上げればよく、どれだけ努力をすればよいか見通しも立ちやすい。

 それに比べて現実世界は複雑だ。自分がどうなりたいのか、そのためにどれほど努力が必要かも分からない。長時間にわたる努力をしても報われると思えなければ、ただ閉塞感を感じるばかりだ。

 人をやる気にさせる方法については、例えば、会社での勤労意欲を考える企業組織論で、古くから議論されてきた。自分が費やしたことに対して正当な報いがあると実感できることは、やる気を支える大きな要因となる。

 ただし勉学は、会社の勤務査定よりも、もちろんゲーム進行よりも、はるかに長い期間が必要である。数年から十数年という長期間のモチベーションはどうやって支えればよいのだろう。

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