通貨切り下げ競争は、世界経済に何を及ぼすのか藤田正美の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年10月18日 07時47分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”


 円はいよいよ1ドル80円を切ろうかという勢いである。もっとも現在の円高は、円が高いというよりドルが安いというほうが正確かもしれない。FRB(米連邦準備銀行)がいっそうの金融緩和をするという観測が強まるにつれ、ドルを売って新興国の通貨(円だけではなくアジアやブラジルなどの通貨)を買う動きが強まっている。新興国の通貨を買って、その国の株式市場に投資をするためだ。

 こういった動きの中では、日本の野田財務大臣が「断固たる処置を取る」と力んで為替介入や口先介入をしてもなかなか効果はあがらない。実際、先日の大規模介入でも、円安に動いたのはほんの数日である。為替介入よりも、日銀がさらに金融を緩和するほうが中期的には効果が上がるだろうと思われるが、それは日本から見た話。世界経済レベルで見れば、各国の通貨切り下げ競争が世界恐慌をもたらした「貿易戦争」に発展する恐れもないとはいえない。

為替相場をめぐるせめぎ合い

 かつては日本が円安に誘導しているとして米国といろいろやりあったが、現在の標的は中国である。中国が通貨・元を少しずつ切り上げているとはいえ、依然として実勢よりかなり安いというのが世界各国、とりわけ先進国の主張だ。もちろん中国批判の急先鋒は米国である。

 米連邦議会下院は、9月末に対中制裁法案を可決、中国に対する強硬姿勢を強めている。ただ財務省は10月16日までに議会に提出する予定だった「為替報告書」(各国の為替政策を分析評価するもの)を先送りした。中国が為替政策を柔軟にしつつあることを踏まえて、状況を見極めるためだとされている。

 中国が元の切り上げスピードをやや速めているとはいえ、依然として元は安すぎるというのが共通認識。例えば、英エコノミスト誌が発表している「ビッグマック指数」(各国のビッグマックの価格による「購買力平価」と実際の為替相場の乖離を計算した指標)によれば、元はまだ40%も「実力」よりも安いのだという。ちなみに円は5%ほど実勢より高いとされているが、ハンバーガーで見る限りは妥当という結果になっている。

 しかし問題は元だけではない。「通貨戦争」というややセンセーショナルな言葉を表紙に掲載した英エコノミスト誌の最新号では次のように分析している。

 為替相場をめぐるせめぎ合いには、3つの戦いがある。1つ目は「安すぎる元」、2つ目は先進国の通貨金融政策。3つ目は、資本流入が続く新興国の対応だ。

 先進国の中でも米国が金融緩和を拡大すれば、あふれた資金が発展途上国に流入し、それが世界経済を歪めることにつながると中国など新興国は考えている。もちろん資金流入は自国通貨が高くなることを意味するから、新興国の政府もそれを放置することはできない。為替介入などのほか外国からの資金流入に課税して、資金流入を抑えようとしている。

 もちろんまだ「小競り合い」に過ぎず、これで本格的な通貨戦争になるというわけではない。先進国で為替介入をしたのはまだ今のところ日本だけだ。また為替相場を理由に報復関税などの措置が取られているわけでもない。

 しかし財政赤字が積み上がっている先進国が緊縮財政に舵(かじ)を切れば、通貨を安く誘導することで輸出による景気浮揚を図ることになる可能性はある。そうなれば政治家が中国をスケープゴートにしようとする誘惑も強くなる。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.