飛行機が着陸態勢に入ると、わたしはカシオの腕時計「プロトレック」の電子コンパスを使って、刻々と着陸態勢に入るために進入角度を調整する飛行機の動きを座席で見る。これは迫力がある。
ベトナムのハノイに駐在していたとき、まだ成田とハノイをつなぐ直行便は飛んでいなかった。当時、ベトナム航空が申請を出していたが、成田の発着が満杯なので、見込みが付かなかった(現在は、直行便が出ている)。
ハノイからは香港乗り換えで、キャセイパシフィック航空に乗っていた。そのときも日本へ出張した帰途だった。
当時の香港の啓徳(Kai Tak)空港は、北側(135度)からの着陸の場合、街のど真ん中の上空を通過し、直前に45度ほど右旋回をして着陸する。これは香港アプローチとか香港カーブとかいわれて、世界で一番着陸が難しいとされていた。アパートの窓から出ている洗濯物を飛行機が引っかけたとのうわさがあるほど。
「よくこんなところに着陸する」と、毎回、プロトレックで見ながらハラハラしていた(1998年に巨大な新しい香港国際空港が完成し、啓徳空港は閉鎖された)。
わたしは、「こんなひどい条件の空港だから、過去にひどい事故がたくさん起こっているだろう」と調べたことがある。すると、香港の空港に着陸するパイロットは、緊張と集中の度合いが高く、かえって事故が起こらなかったそうだ。その意味では楽に飛べる離着陸できる空港の方が実質的な危険度が高かったのかもしれない。
この日本出張の帰途も無事に香港に着陸し、別のキャセイ便に乗り換えて、ハノイへと飛び立った。後は海南島を越えて、一直線にハノイに向かうだけだ。
飛び立って20分ほどして、わたしはプロトレックで何気なしに飛行している方角を調べた。「SSE」と出た。南南東? あれ、おかしい。香港からハノイは南西のはずだ。何で南南東なんだ。わたしの時計が狂ったか。
それから10分後の再度の測定もSSEだった。20分後もSSEだった。こ、これはフィリピンかインドネシアに向かっている。機内を見渡したら、キャビンアテンダント(CA)が飲み物を配り終えて、食事を運び始めた。機内に何も異常がない。依然、その飛行機はSSEに向かっていた。
何だ。どうした。この飛行機は、知らない間に、ハイジャックされているのではないか。それで、まったく違う方向に飛行機が脅されて飛んでいるのではないか。CAの1人がそばをとおりかかったので、「この飛行機は、ハノイ行きですよね」と質問した。
「はい。ハノイ行きです。何か、問題ですか」と、すごく怪訝そうな顔をされたので、「ハノイの方向に飛んでいないような気がするのですが……」という。「そんなはずはありません。ハノイに向かっていますよ」と、笑い飛ばされた。
時計の電子コンパスを見せる機会がなかったが、まったく納得した顔をしなかったら、今度は男性の、多分パーサーが呼びもしていないのに、わたしのところにやってきた。
「お客さま、何かお困りでしょうか」
「この飛行機は東の方角に飛行していますが、どうしてですか」
「ハノイは東にありませんよ。西ですよ。ハノイに向かっていますからね。この飛行機は」
またまた笑い飛ばされた。わたしは何だか落ち込んだ。しばらく、コンパスを見ながら「やっぱり南南東に向かっている」とぶつぶつ呟いていたら、さきほどのパーサーがやってきた。
「お客さま、機長に尋ねましたら、お客さまが正しいことが分かりました。わたしも知らなかったのですが、本機は確かに南東に飛んでいます。本日、海南島の沖合で、中国軍の軍事演習があって、その上を通過できないので、大きく東に迂回しているそうです。最終的には、西に向かい、ハノイに到着しますのでご安心ください。機長がわたしの問い合わせに驚いて、どうしてその乗客が、本機の飛行の方角が違っているのが分かったのか、教えてほしいといっています」
わたしは腕時計の電子コンパスを見せた(日本の技術をなめるなよ)。
後になったら笑えるが、知りすぎると心配が増えることもある。わたし1人が乗客全員の代表で心配を担ってしまった。それでも、質問があったら、どしどしと尋ねよう。
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