コラム
» 2011年01月12日 08時00分 UPDATE

山P妹クビ問題から考える、「言った、言わない論争」の意味 (2/2)

[増沢隆太,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!
前のページへ 1|2       

言った、言わない論争に意味はない

 私は学生向けにキャリアとコミュニケーションの講義を持っていますが、その中でビジネスにおける「言った、言わない」論争はまったく意味をなさないことを説明しています。「採用されてから『聞いていた条件』と違っていた」は意味がありません。契約書にどう書かれていたかがすべてです。契約書、書面を交わさない以上、「聞いてないよー」という事態は想定しなければならないリスクです。

 もちろん雇用契約の締結は労基法が定めた企業の義務ですが、実際には守られないことは多々あるのが現実です。未成年者が飲酒してはいけないのと同様、厳密にはだめでも野放しになっている現実は仕方がないのではないでしょうか。超氷河期という昨今の環境では、「雇用契約書を下さい」と正当な要求をしても、拒絶する企業だって実際にはあるわけで、内定を取るためにはそのような企業の勝手な言い分も飲まなければならない不条理さは現実としてあるのです。

 違法状態ではあってもこうした状況はただちに解決できる問題ではありません。雇用条件の厳格化を実施すれば、企業はリスクを恐れてますます雇用を絞り込むことでしょう。結果待っていることは雇用のさらなる縮小という事態になりかねません。

 採用におけるトラブルでは、まだ被雇用者になっていない個人が、組織相手に戦うという「嫌なら、よそへどうぞ」ということでいつでも打ち切れる武器を持った企業側が、このような環境下では圧倒的に強いのです。企業が悪い、社会が悪いという主張は間違っているとはまったく思いませんが、政治や法律が解決できる問題であり、喫緊な事態では言ってもどうしようもないのでは、と思います。

 コミュニケーションの要諦は「相手」です。自分の主張を伝えることは、コミュニケーションの片一方に過ぎません。相手がどのように受け止めるか、ここをいかに想定し、その想定に現実感を持たせ、説得する道を探っていく。そのためには現実的な落としどころ、妥協点を見出す努力が必要になります。正にコミュニケーションはロジカルシンキングによってのみ達成出来るのです。

 コミュニケーションを成り立たせるには、「正しい・間違っている」ではなく、現実感のある説得を行い、相手の納得が得られるかどうかがカギです。自ら主張したいことを伝えるのがコミュニケーションではありません。それは雄弁術であり、コミュニケーションの一部に過ぎません。相手が求めているものは何なのか、そこを読み解くことで、初めて現実感のある交渉ルートが見えてきます。話が通じないのはその「相手の事情」が見えていない状態と言えるでしょう。

 年末にNHKが放映した『日本のこれから「就職難をぶっとばせ!」』という番組は、今の新卒就職超氷河期を理解するには最も秀逸な番組でした。見ていた企業人は「あー、だから内定取れないんだね」と今の学生の問題点がよく見えたことでしょう。その中で勝間和代さんや海老原嗣生さんといった有名コンサルタントの方々の全力プレゼンテーションより、私が一番感心したのは、荒れる学生や激しく主張するコメンテーターたちを穏やかに仕切る、司会の三宅アナウンサーのファシリテーション能力でした。「相手」を意識して、確実にプロとしての仕事をしていたと思います。(増沢隆太)

 →増沢隆太氏のバックナンバー

関連キーワード

キャリア


前のページへ 1|2       

Copyright (c) INSIGHT NOW! All Rights Reserved.

注目のテーマ