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» 2011年04月25日 08時00分 公開

ちきりんの“社会派”で行こう!:それでも経済成長が必要な意味 (2/2)

[ちきりん,Chikirinの日記]
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経済発展して何の意味があるのか

 「障害者は隔離されて教育される」時代の日本で義務教育を受けてきたちきりんには、それは衝撃的な光景でした。そして「国が豊かになることの意味」を理解したのです。「こういう社会を実現することが可能になる。それが国が豊かになる意味、メリットなんだな」と。

 発展途上国に行くと、バスにはあふれんばかりに人が乗っています。走り出したバスのドア枠にしがみついて乗車し、降りる時は周りの人を押しのけて飛び降りる。信号もない交差点を洪水のように走り続けるバイクやクルマの列の合間をぬって道を横断する。駅の階段にはエレベーターもエスカレーターもない。

 そういった環境では、車いすの人はおろか、杖をついているだけでも日常生活に大きな支障がでます。視覚などに障害があれば、事実上1人では街に出られないと言っても過言ではないでしょう。

 「経済発展して何の意味があるのか」という問い。「人は本当に経済発展とともに幸せになっているのか?」という問い。「便利なものはなかったけれど、昔の方が幸せだったのではないか」という疑問。

 「これらの疑問や問いは、強者が感じるものなのだ」と気が付きました。階段が難なくのぼれて、公共交通機関しかなくて大混雑している街でも移動に困らない、自律的な体温調整ができる、そういう人だから「ぜいたくでは?」と思うのだと理解したのです。

 そして留学後、ちきりんはクリアに答えられるようになりました。「なぜ経済発展が必要か?」と問われたら、「弱者も生きること、生を楽しむことが可能になるからだ」と。豊かになるとはそういうことなのだと。

 経済状況が厳しければ厳しいほど、人間の社会も基本的には動物の世界に近付きます。弱者に構っていられなくなるのです。そして、力のない者は淘汰されます。

 戦争になれば、子どもやお年寄り、ケガ人や病人、走ることのできない妊婦、体の弱い人から順に死んでいくのです。力の強いもの、生物としての生存能力の高い人しか生き残れなくなります。

 災害が起こって水や電気が止まれば、持病のある人、透析や人工呼吸器などが必要な人、共同生活ができない状態の人は、一気に命の危機さえ感じなくてはなりません。それは「疲れる」「よく眠れない」程度の話ではないのです。

 弱者も生存でき、生活の楽しみを経験できる世の中にするためには、社会には一定の余裕が必要です。強者にとってはぜいたくに思えるかもしれない設備も、弱者には生活の必須アイテムかもしれません。

 だから、やっぱりちきりんは今の日本においてさえ、「もう経済発展しなくていい」とは思いません。私たちは進み続けるべきなのです。

 そんじゃーね。

著者プロフィール:ちきりん

兵庫県出身。バブル最盛期に証券会社で働く。米国の大学院への留学を経て外資系企業に勤務。2010年秋に退職し“働かない人生”を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦など、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。著書に『ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法』がある。Twitterアカウントは「@InsideCHIKIRIN

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