球場経営、リーグビジネス……楽天が変えたプロ野球の仕組みとは(5/6 ページ)

» 2011年09月16日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

なぜ開幕問題でセパの主張が食い違ったか

 楽天のビジネスモデルがどのようにプロ野球を変えていったかを解説した井上氏。講演後、司会の平田竹男教授や会場の早稲田大学の学生、OBたちからさまざまな質問が投げかけられた。

平田 東日本大震災を受けて開幕を遅らせることになりましたが、その時にどのようなやりとりがあったのでしょうか。

井上 3月11日の東日本大震災の後、3月15日というのが1つのターニングポイントになりました。3月15日にセリーグとパリーグで理事会を開いた後、12球団が集まって話し合いをする実行委員会が行われて、その後に選手会との折衝が行われました。

 その段階でセリーグは当初の計画通りにスタートすると決定し、パリーグは開幕日を4月12日まで延期すると決めました。結論はそうなりましたが、セパ両リーグで意見に大きな異なりがあったかというと、パリーグの理事会でも「延期せずに当初の計画通りスタートすべきだ」という球団が多数ありました。西の球団は東北の地震なので影響はないということです。しかし、楽天は球場が使えるのが早くても4月の終わりになることがその時点ではっきりしていたので、物理的に3月25日にはスタートできなかったんです。

 セパで違いが出たのは、リーグビジネスだという考え方の強さと、東日本大震災や当時の東京電力管内の計画停電に対する評価です。それを踏まえて、パリーグは「今、野球をするべきでない」と判断し、セリーグは「野球すべきだ」と判断しました。

 セリーグが「野球すべき」と判断した要因として、オフィシャルな意見としては「プロ野球人だから、プロ野球の仕事をすることが震災地の人たちをはげますことになるだろう」というのがありました。しかし、本当はセリーグ球団の球場事情が悪いんです。セリーグでは球場を自分たちで管理していない球団があるので、スケジュールを作るのが非常に難しいんです。そのため、開幕時期を後ろにずらすと、スケジュール作りがしにくいので、当初通り開幕したいと考えられたと思います。

平田 開幕日については報道が大きな影響を与えたと思います。報道には非常に厳しいものがありましたよね。セリーグも選手会と声を合わせて「みんなが困っている時だから、プロ野球で頑張る姿を見せたいんだ」とおっしゃれば世論も変わったと思うのですが、選手会の方ではどう考えていたのでしょうか。

井上 3月15日にたまたま選手会との年金に関する会議が入っていたんです。当日はまずパリーグとセリーグの理事会が開かれた後、12球団で実行委員会を行ったのですが、それを中断して新井貴浩選手会長が年金の話をして、そこで「選手会は3月25日の通常通りの開幕に反対する」という意見表明がありました。

 それまでパリーグでは、選手会が通常通りの開幕に反対する意向を持っていると知らなかったんです。パリーグは震災地や計画停電、原発の状況を非常に深刻に受け止めていたので、パリーグ独自の判断で「今はやるべきではない」となりました。みんなで議論する中で、「震災地の人たちはテレビを見られる状況ではなく、激震が起こってとんでもないことになっている。何とか復旧に向けて歩み出さないといけない危機的状況なので、プロ野球ではげますと言っても笑われるだけじゃないか」という意見が多く「やっぱり延期しよう」となったのです。

 選手会では東北地方に縁を持っている選手たちもいて、「俺の友達は行方不明だ」とか大変な状況になっていることを個人として聞いているわけです。そのため、選手会で集まって議論した時に、「今は野球をやっているような状況じゃないぞ」というのが大勢の意見となって、それを選手会でまとめて反対という意見を出されました。それに対して、セリーグでは「やっぱり野球人の本分は野球をやることだ」ということで、何とか押し戻して野球をやろうというようにその段階では判断していたというズレがあったと思います。

 ただ、セリーグでもヤクルトは「絶対に延期するべきだ」という非常に強い意向を持っていました。セリーグ理事長のヤクルトの新さんだけでなく、ヤクルトのオーナーも「絶対にやるべきでない」という意見ということでした。

 それはなぜかというと、ヤクルトは東北地方に販社がたくさんあって、ヤクルトレディもいっぱいいるんです。そのため逐次、ヤクルト本社に東北地方の状況が入ってくる。すると、「今、野球をやったらとんでもないことになる。ヤクルト本社の姿勢が問われるぞ」ということでヤクルト本社はヤクルト球団に「開幕を延期するべき」と強く言ったということです。

今のプロ野球の危機はファンがコア層に偏ってきていること

――プロ野球球団が球場オペレーションまで行うことの意義は良く理解できたのですが、ほかのスポーツは野球よりもホームゲームの数が少ないと思います。ヴィッセル神戸のように月に2〜3回しかホームゲームがないスポーツでも、球団は球場オペレーションまで担うべきなのでしょうか。

井上 プロスポーツでも違いがあると思うんです。プロ野球の場合、シーズンが始まると、週に3日間ホームゲームがあるので、収益機会という意味において、球場はもうかるという位置付けとなります。しかし、サッカーの場合はホームゲームが少ないので、なかなかその効果は得られないとは思います。

 ただ、私たちが仮にサッカーチームを持っているならば、収益機会を増やすために、サッカー場を運営しようと思うでしょう。ただその場合は、自分たちのホームゲームは少ないけど、それ以外にどういう利用の仕方があるのかということを、サッカー場を運営する主体として真剣に考えると思います。また、サッカー場としても、ホスピタリティを上げるなどして、収益機会を上げられるのではないかという視点で取り組むと思います。

――球場ビジネスが大事だということは分かったのですが、これは球場に来てくれる観客がいることが前提の話です。そのためには野球をプレイしたことがある人がどれだけ増えるかが大きな要素になるのではと思うのですが、その点はどのように位置付けられているのでしょうか。

井上 プレイヤーが増えること+できるだけ若い世代を球場に呼んでくるということです。各球団とも、選手に地域のいろんなイベントに参加してもらって、ファンのすそ野を広げていかないといけないと強く考えていると思います。

 実はプロ野球の球場の入場者数は、横ばいないし増えているんです。今のプロ野球の危機というのは、ファンがコア層に偏ってきていることなんです。周辺層のファンがどんどん野球から離れているということがマーケティング的な分析です。

 地上波放送がなくなったことで野球に触れる機会がなくなったこともありますが、野球のすそ野がかなり狭くなっているという認識を持っています。それにきちんと対応しなければいけないということで、地域密着型で選手が学校訪問や野球教室をしたり、女性向けのイベントを行って、すそ野を広げようとしています。

 合わせて選手会でも「夢の向こうに」というプロジェクトをNPBと一緒にやっているほか、プロアマ交流も積極的にしていこうとしているのですが、まだ不十分だと認識しています。

――楽天野球団が初年度に利益を出せた背景には、スター選手がいなかったため、他球団と労務費の差があったことも要因だったと思うのですがいかがでしょうか。

井上 その通りだと思います。選手費用には償却という概念があり、契約金については何年かに分けて償却するので、初年度の選手費用が少なくなる傾向にあります。

 楽天は残念ながら初年度には有名選手はいなかったのですが、1.5流の選手はたくさんいました。他球団は超有名な選手、有名選手、1.5流の選手、これから成長する選手で選手年棒は均等になっているのですが、楽天は1.5流の選手というところに塊があって、そのコストが結構かかったので、投資効果としてはあまり良い状況ではありませんでした。

 そのため、2年度、3年度は年間6〜8億円の赤字になっています。ただ、別の言い方をすると、他球団は年間40億円の赤字ですが、私たちは6〜8億円くらいの赤字でコントロールしているということです。

――成績としては初年度は断トツで最下位だったので、初年度黒字という話に驚きました。成績は売り上げにどのくらい影響を及ぼすのでしょうか。

井上 成績を上げることは非常に難しいです。ドラフトや海外から選手を獲得するわけですが、なかなか自分たちの思うようなチームは構成できません。

 楽天野球団では成績は事業にどのような影響を与えるのかをいろいろ分析しているのですが、現在のところ、「成績は事業にそれほど大きな影響を与えない」という結果になっています。ただ、直感的な感覚と分析結果が合っていないとは思います。

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