この連載は『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎)から抜粋、再編集したものです。
数百例の「自然死」を見届けてきた現役医師である著者の持論は、「死ぬのはがんに限る。ただし治療はせずに」。自分の死に時を自分で決めることを提案した画期的な書。
中村仁一氏(なかむら・じんいち)のプロフィール
1940年長野県生まれ。社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。京都大学医学部卒業。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年2月より現職。一方、「同治医学研究所」を設立、有料で「生き方相談」「健康相談」を行う。1985年10月より、京都仏教青年会(現・薄伽梵KYOTO)の協力のもとに、毎月「病院法話」を開催。医療と仏教連携の先駆けとなる。1996年4月より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰。
→医者は病気のことなら何でも分かる――そう思っていませんか?【第1回】
→大病院ほどいい医者が多い――そう思っていませんか?【第2回】
→マスコミに登場する医者は名医――そう思っていませんか? 【第3回】
今の日本人は、医療に対して期待を抱きすぎています。幻想に近いといってもいいでしょう。この原因は何かと考えてみれば、やはり新聞、テレビといったマスコミの影響が大きいと思われます。
「世界で初めての成功」(1000回目でやっと成功とはいわない)「これで治った」などと報道されると、医学の発達はすごい、これで安心、病気はすべて治ると思ってしまいます。
しかし、マスコミがとり上げるのは、どんな場合か考えてみてほしいのです。ふつうで、一般的で、何の変哲もないことなど、とり上げるに値しません。特別なこと、珍しいこと、突出したことだから、記事にするのです。
よくいわれるように、犬が人を噛んでもニュースにはならない。人が犬を噛んで、初めてとり上げる価値が出るということです。
時には、「これは、今度開催される○○学会で発表される予定である」などというのもあります。スクープか、持ちつ持たれつのなれ合いかは知りませんが、学会という専門家集団から批判、評価を受ける前に、記事にさせているわけです。
そして、その後学会でどのような議論がなされたかの報道は、いっさいありません。結局、やった者勝ちという状況になっています。
それやこれやで、高度医療とか最先端医療とか再生医療が強調されるため、どんな病気でも何とかなるという錯覚に陥る情勢が続いています。
しかし、人間も生きものである以上、「老いて死ぬ」という大枠は、とり外しようがありません。
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