運転士の失神・発作……列車は大丈夫なのか杉山淳一の時事日想(3/4 ページ)

» 2012年04月20日 08時01分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

二重、三重の安全装置がある

 鉄道の安全技術には「デッドマンシステム」というホラー映画のような名前の仕組みがある。「運転士が死んだ場合の装置」という意味だ。運転士が一定時間なにも操作しない場合に、ブレーキを作動させる仕掛けだ。「運転士が操作していない」状況を検知するために、加速レバー(マスコン)にスイッチが設けられている。レバーを握るときはスイッチも合わせて握る形になっている。運転士がレバーから手を離したり、握力を失ったりすると、列車の運転不能状態と認識してブレーキが掛かる。

 古いタイプの車両では足踏み式の装置が使われていた。運転士が予定された位置に座ると、足踏み型のボタンを踏む格好になる。運転士が倒れたり意識を失うと踏む力が弱まるため、これが運転不能状態と認識してブレーキが掛かる。映画『大陸横断超特急』の機関車にも搭載されていたが、犯人が工具箱を置いて踏みっぱなしの状態にしていた。

富山地方鉄道16010形。デッドマンシステムの例。左のマスコンの先端がスイッチになっている。マスコンから手が離れてしばらくするとデッドマン装置が発動する

 鉄道の場合はさらに、ATS(Automatic Train Stop)というシステムもある。運転士が赤信号を見落として列車をそのまま走らせるとブレーキが掛かる。最近は、制限速度を超えただけでもブレーキが作動するシステムもある。

 それでも停められなかったらどうするか。二次災害を防ぐために、列車をわざと脱線させるのだ。駅の線路配置を観察すると、ポイントの分岐側の線路が短くて、行き止まりになった場所がある。これは脱線ポイント、あるいは安全側線といって、暴走した列車が本線に入らないように誘導するしくみである。その先はもちろん脱線するのだが、事前に非常ブレーキが働いているという前提なので、転覆には至らない。

 2012年2月16日の夜、JR北海道の石勝線で貨物列車が脱線する事故が起きた……と報じられた。貨物列車の先頭から4両が脱線したという。しかし、報道記事をよく読むと、「列車は退避用の線路の車止めを乗り越え」とある。これがまさに安全側線の作用である。列車が何らかの事情で停止できず、脱線ポイントが正常に機能したから脱線している。だから運転士は無事で、他の列車に衝突しなかったし、すべての積荷に大きなダメージを与えるに至らなかった。安全装置が正しく動いたわけだから、脱線自体の報道には意味がない。この事故の要点は「脱線」ではなく「なぜ止まれなかったか」だ。問題は脱線ではなくブレーキであった。

 列車のワンマン運転が可能になった背景には、こうした安全装置の整備がある。非常ブレーキは自動でかかる。列車防護についても、運転士がボタンをひとつ押せば、列車のすべての走行機能が停止し、汽笛を鳴らし、周囲の列車に無線で緊急信号を発報できる。

 「とにかく異常事態になったら停めろ」が鉄道の鉄則である。

高山本線飛水峡信号場の脱線ポイント

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.