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» 2012年07月23日 08時00分 公開

新聞社が、「奇跡の一本松」記事を書き続ける理由さっぱり分からなかった、3.11報道(2)(2/4 ページ)

[土肥義則,Business Media 誠]
相場英雄氏

相場:2011年の8月、家族で東北に行きました。クルマで回ったのですが、3日目あたりから子どもが黙ってしまったんです。どうしたんだ? と聞いたら「目が疲れた」と言っていました。

 私は震災直後に、東北に足を運びました。そのときには震災から6カ月以上が経過しているので「キレイになったなあ」と思っていたのですが、風景を見慣れない子どもにとっては目が疲れるようなんですね。

烏賀陽:手前にモノがなくなって、遠くにはガレキの山が見える。被災地ではそうした光景が珍しくありませんが、近くのモノばかり見ていても疲れますが、遠くのモノばかり見ていても疲れてしまう。

 私の場合、やがて「足下に何か人間の痕跡のようなモノが落ちてないか」と探し始めました。紙くずのように壊れてしまって、なにか分からないモノではなく「お、ウルトラセブンの人形がある」といった感じで、自分の目で認識できるモノを必死で探していました。本当に不思議なことですね。

相場:地方紙『河北新報』で記者をしている、ある方はこのように言っていました。「ウチらは地方紙だから、とにかく寄り添って何かを発信しなければいけない。被災地のサポートをするのが新聞の役目だから」と。

 さらに「被災した人は、自分たちが被災していることを日本人が忘れるんじゃないか、ということを心配している。だから私たちは必死にサポートして、発信しなければいけない。それが新聞の力なんだ」とも言っていました。これは非常に分かりやすいメッセージでした。

烏賀陽:視点や立ち位置が、完全に地元にあるわけですよね。

 東京から行くマスメディアの立ち位置って、あるのかなって思うんですよ、逆に。あるんですか? 彼ら、何か持ってるんですか? と(笑)。

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