なぜお坊さんがインドでMBAを取得したのか?MBA僧侶が説く仏教と経営(3/3 ページ)

» 2012年08月15日 08時00分 公開
[松本紹圭,GLOBIS.JP]
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「お寺のマーケティング」「お寺のミッション」は何か居心地悪い

“お寺カフェ”神谷町オープンテラス

 欲望をあおり続ける消費社会を生きる現代人の心に、「仏法を聞きたい」という欲求を創造するのが簡単ではないことは、百も承知。だからこそ私も、仏教界でさまざまな新しい試みに挑戦してきたわけです。「超宗派仏教徒によるインターネット寺院“虚空山彼岸寺”」では、宗派を超えた仏教徒が集い、ソーシャルメディアを最大限に活用した仏教Webマガジンを展開しています。

 また、「“お寺カフェ”神谷町オープンテラス」では、昔ながらのお寺の良さを生かしながら現代人にも親しみやすいお寺の場作りをし、お寺を都会のオアシスとして開いています。しかし、それらの取り組みを通じて痛感したのは、点と点の活動をつないで大きなビジョンを作る力が足りないことでした。もっと強力にお寺を変革する力が欲しい。そんな私の前に現れたのが、MBAという選択肢だったのです。

 経営戦略、マーケティング、イノベーション。実は、驚くほど総合的な経営力が求められるお坊さんという仕事ですが、基本は極めてシンプルではないかと最近気がつきました。それは、馬鹿みたいに、ただひたすら人のためだけを考えて、一生懸命働くこと。そうしていれば、たとえ自分の力が及ばないことがあっても、助けてくれる仲間が必ず現れます。利他の精神がリーダーシップを育むのです。おっと、気がつけばリーダーシップ論にまで話が広がってしまいました。こんな風に、マネジメントと仏教は案外、交差する部分が多いのです。

 ところで、日本の多くのお坊さんは「住職」、つまり1つのお寺に住み込んで特定の檀家さんに仏事をとり行うことを主な役割としています。しかし私は、いわゆる「在家出身」のお坊さんなので、跡を継ぐお寺というものがありません。一方、タイの農村には「開発僧(かいほつそう)」と呼ばれるお坊さんがいて、農業技術の向上や地域開発に力を尽くしています。私もお寺を飛び出し積極的に社会活動をする彼らを見習って、マネジメントの勉強をしたお坊さんとして自由に活動することに決めました。日本の開発僧として、お寺の可能性、お坊さんの可能性、人の心の可能性を開発することが、今の私の使命です。

 ところで、1つ私が苦労していることがあります。それは、マネジメント用語がお寺の世界とまったく馴染まないこと。「お寺のマーケティング」というのも何だか違和感がありますし、「お寺のミッション」というのもよく考えるとどこか変です。マネジメント用語は西洋の宗教や軍事から生まれたものが多いので、その用語や考え方をそのままお寺に当てはめると、どうも借り物を着せられているような無理を感じます。それは、もしかしたらお寺だけではなく、一般企業のビジネスにおいても当てはまることかもしれません。

 この連載では、仏教×マネジメントの交差する場で活動する私が、「借り物でない日本的経営」を表現してみたいと思います。グローバルに活躍する日本のビジネスパーソンのみなさんに、日本人として自信を持って独自のビジネス観を語るためのヒントが提案できればうれしいです。

 この春から、私は仲間のお坊さんたちとともに「未来の住職塾」をスタートします。開講にあたり自分の思いをつづったものを最後に引用し、第1回目の結びとさせていただきます。

 お寺に代々受け継がれてきた伝統を守り、次の世代へとつなげる。それは、とても大切なことです。しかし、今までお寺がやってきたことをこれからもそのままやっていれば大丈夫という時代は、すでに終わりました。今や、既存の枠組みの中で従来の活動をただ繰り返すことが最も危険な選択肢でもあり得るのです。私たちが生きている現代のようにとりわけ不安定で不確実性の高い時代には、ものすごいスピードでなされる環境変化へ適切に対応し続けることが、お寺の存続のためには欠かせません。

 「未来の住職塾」は、急速に環境が変化する現代社会におけるお寺の役割や運営を専門に学ぶ、超宗派の僧侶養成プログラムです。都市と過疎地、寺院の規模、地域の特性など、寺院のあらゆる状況とその変化に柔軟に対応し、これからのお寺の100年を切り開く寺院運営力を身につけます。

 私たちが「お寺の運営」と言うとき、それは単に寺院活性化や経済力向上を指すのではありません。闇雲に何か新しいことを始めればいいというのでもない。必要なのは、今日までお寺が人や社会に対して生み出してきた価値を再評価し、足りないものは補い、良きものにはさらに磨きをかけ、ないものは創造すること。一見バラバラの「点」と「点」に見える従来のお寺の業務を体系的に整理し、1つのビジョンのもとに統合した上で、新たな価値を創造するのが「未来の住職」の仕事です。

松本紹圭(まつもと・しょうけい)

1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。蓮花寺佛教研究所研究員。米日財団リーダーシッププログラムDelegate。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のWebサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を運営。2010年、南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社)、『「こころの静寂」を手に入れる37の方法』(すばる舎)、『東大卒僧侶の「お坊さん革命」』(講談社プラスアルファ新書)、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー21社)、『脱「臆病」入門』(すばる舎)など。


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