グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。
※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2012年8月17日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。
「それまでのアクエリアスは、“スポーツ飲料”のイメージが強かった。それをより幅広い概念に拡大したかったのです」
スポーツマンらしい日焼けして引き締まった身体に笑顔が印象的なアクエリアス ゼロ担当マネージャーは意外な言葉から話を始めた。
時は2010年にさかのぼる。「Fit body. Fit life. いきいきしたカラダへ」。幅広い人々に向けたブランドとするため、アクエリアスの中長期ブランドスローガンが設定された。
スポーツ飲料カテゴリーは2004年をピークに下降傾向を示し始めた。カテゴリーナンバー1の日本コカ・コーラにとっては由々しき事態である。シェア第1位にとって、カテゴリの衰退は自社の業績悪化に直結するからである。年代別の飲用状況を調査すると、人口のボリュームが大きい30〜50代が「スポーツ飲料離れ」を示していることが確認された。ミネラルウオーターや茶系飲料へのスイッチが起こっていたのだ。
そして、2010年。日本はその夏も記録的猛暑に見舞われ、売り上げの下落傾向には歯止めがかかった。この年の調査で、「熱中症」の認知率が79.3%を越えたことも分かった(2011年日本コカ・コーラ調べ)。さらに「ナトリウム」「電解質」「イオン」……といったキーワードも多数の調査対象者から上がってきた。
そもそもアクエリアスのベネフィットは「優れた水分補給」と定義されている。ブルーのパッケージに包まれた基本製品の「アクエリアス」には4種類の電解質と適度な糖分が含まれ、これにより“水を飲むより優れた”体内への水分補給を実現する。さらに2005年発売のイエローのパッケージに包まれた「アクエリアスビタミンガード」にはビタミンCが1000ミリグラム配合され、ビタミン補給も同時にかなえる。
では、シリーズの中心をなすベネフィットをすえつつ、「スポーツ飲料離れ」を起こしている層を引き付けるには何を残し、あるいは何を捨てればいいのか――。そこに手の付けられていないホワイトスペースが存在した。あらゆる層を面で押さえるために全方位を視野に発想するリーダーの戦略ならではの展開である。
ターゲット顧客として置いた「35歳以上」のニーズは、2008年に特定健康検査(いわゆるメタボ健診)の法制化以降、急速に高まった「お腹のたるみ」や「中性脂肪」の抑制にあった。このために、駅でエスカレーターを使わずに階段を使用する。通勤時に1駅分多く歩くなどの軽い運動を実践する人も少なくない。調べると、これらの層は、10〜20代の「アクエリアス」ユーザーとは異なり、よりスッキリした、甘さが控えめの濃過ぎない味を好むことが分かった。激しい運動をしないために、ニーズも嗜好も異なるのだ。
では、軽い運動をした後、これらターゲット顧客は何を飲んでいるのか。それは前述の通りミネラルウオーターやお茶だ。なぜならば「カロリーがゼロだから」。それは「スポーツ飲料離れ」という危機をもたらしている一方で、大きなビジネスチャンスを示していた。カテゴリー内に競合となる商品が存在していないからである。「アスリート向け」「運動向け」から「日常向け」にイメージ転換を図れば、カテゴリのオンリーワンになれる可能性を示している。
しかし、実は日本コカ・コーラには苦い過去があった。カロリーゼロのアクエリアスを2008年9月に市場に投入し、販売に苦戦し、撤退しているのである。その時はターゲット顧客を「女性」としており、上市後の評価は「味がいまひとつ」というものだった。
この反省も踏まえ、また市場の追い風をとらえ、冒頭の「Fit body. Fit life. いきいきしたカラダへ」のスローガンも掲げた2010年。つまり発売2年前から「アクエリアス ゼロ」の開発はスタートしていた。飲料としては異例に長い、周到な準備期間だと言える。2008年の失敗を教訓として、何よりも中心は「味」の開発に置かれた。ターゲットの未充足ニーズである「スッキリしたおいしさ」の実現だ。さらに燃焼系サポート成分である「カルニチン」も配合された。かくして、「カロリーゼロの水分補給」を実現する「アクエリアス ゼロ」が5月7日に誕生した。
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