“読みやすい”だけじゃない! ビジネスノベルを知るための7作品ビジネスノベル新世紀(3/4 ページ)

» 2012年08月31日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]
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読みやすさを大切にしたビジネスノベル

 『ザ・ゴール』『V字回復の経営』は、ある大きな課題を取り上げるためにストーリー形式を採用した事例です。「分かりやすく」という点が意識されていないわけではないでしょうが、次の作品以降が分かりやすく読めることを第一の目的にしているのとは異なっています。

 また、出版時期から考えても、読者獲得のためのパッケージング施策という側面はそれほどありません。カジュアルな作りで読者数を単純に増やすことが目的であったのであれば、『ザ・ゴール』が552ページ(日本語版)もの厚さでまとめられることはなかったでしょう。

 以降に紹介する作品は、書籍自体のマーケティング施策、パッケージ戦略としてノベリフィケーションの手法を採用したものとなります。小説としての作りやストーリーとしての巧拙はやや二の次となっており、読者に分かりやすいシチュエーションの提示が重視されます。つまり、小説としてはありきたりでワンパターンな構成が採用されているということです。もちろん、これは変にひねると読者に伝わりにくくなるため、シンプルで王道の構図を採用するという企画意図が大事にされるからです。

ビジネス図解本の流れ:『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?

 「会社の贅肉って、何のことですか?」

  由紀は思い切って聞いてみた。

 「売れ残りの製品、山積みにされた生地、使われないミシンなど、例を挙げればきりがない」

 そう言われてみると、確かにハンナは贅肉の塊だ。今の今まで、工場倉庫は物置だ、と由紀は思っていた。ところが、そうではないらしい。あれは会社の贅肉だったのだ(文庫版47ページより)

『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』

 『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』のストーリーは、父の遺言で突如年商100億円のアパレル会社の社長になってしまった主人公の女性が、業績悪化と銀行の取引停止通告の危機を、会計知識を身につけながら乗り越えていく……いうもの(ビジネスノベルではこの手の立て直し型のストーリーは非常に多いです)。会計データを適切に読むことで会社の問題やビジネスの課題が浮き彫りになると同時に、どのような打ち手を出していけば会社は良くなるのかを物語の進展と合わせて学べます。

 また、若手の女性を主人公格に配置するのも最近の傾向です。『ハゲタカ』のような古典的な骨太経済小説では、男性主人公がハードな役割をこなしていました。若い女性がカジュアルなストーリーの中で活躍するという流れがもう一歩進むと、女子大生社長や女子高生社長という、連載第1回の冒頭でネタにしたような書店店頭がさま変わりする現象につながっていくでしょう。

 『V字回復の経営』が細部の描写にこだわっていたのに対して、本書は小説としての見せ方は一歩引いた形となっており、ストーリー部分は説明の幕間劇という位置付けが強くなっています。

 ビジネス書や実用書の作り方として、図解を増やして表現を分かりやすくする工夫はよく行われます。最近は古典名著と呼ばれる作品の入門書を図解で出すケースが増えており、名著と名高い『失敗の本質』の入り口本である『「超」入門 失敗の本質』や、大前研一氏の代表作『企業参謀』の入り口本である『企業参謀ノート[入門編]』が出版されて好評を博しています。

 本書は、この図解入門本と、ビジネスノベルの中間的な形態になっています。1冊の中で共通したストーリーはありますが、解説部分は作中人物による講義形式になっており、物語を読んでいるというより、劇をまじえながらの会計講座を聞いている形となっています。講義部分では図解整理もふんだんに採用されており、実際に教室で説明を受けているかのごとく読み進められます。

親しみやすい図が印象的

 著者の本職は公認会計士。専業小説家ではない作者の手による小説形式の作品というビジネスノベルではよくあるパターンです。恐らく企画段階では、「ビジネスノベルを書きましょう」という仕立てではなく、「会計テーマでビジネス書を書くのに、たくさんの人に読んでもらえるにはどうすればいいか?」という問いかけがあり、この形を採るに至ったのではないかと思います。

本職マーケッターの書いた小説:『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる

 社長秘書に案内され、ノックをして二人が社長室に入ると、社長の広岡達彦が待ちかまえていた。

 「まあかけたまえ」

 「は、失礼します」

 二人が席に座り終わらないうちに広岡が口を開いた。

 「期限はあと2カ月。もうそれが限界だ」

 「は?」

 大久保が思わず顔を上げた。

 「君たちが、いや、正確に言えば君たちの前任者が立ち上げたイタリアンレストラン、『リストランテ・イタリアーノ』だよ。この一年間赤字を垂れ流しておる」(新書5ページより)

『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』

 『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』はある企業の新規事業としてテスト店舗運営されていた、レストラン「リストランテ・イタリアーノ」の立て直すというストーリー。若手女性社員が難しいビジネス課題を急に任され、周囲の助けも得ながらマーケティング知識を生かして事態を良い方に向かわせていく、というビジネスノベルでは良く採用されるストーリー設計です。

 引用部分は主人公が唐突に難題に取り組まされる、物語の冒頭部分となります。ちょっとおっちょこちょいの主人公が奮闘しつつも頑張って行くさまが、表紙から本文挿し込みまでイラストとともに描かれています。

 このあたりにくると、ビジネス実用書というよりビジネスノベル、さらにはビジネスライトノベルという分類に近付いてきています。キャラクターはそれほど強くなく、解説で埋めすぎてストーリーがどこかに行ってしまうのでもなく、アニメ風味のパッケージングで「電車で読むにはちょっと……」となり過ぎることもなく、ビジネスノベルの作りとしてはこの作品くらいが標準的な設計バランスと言えるでしょう。

 テーマとして人気があり部数につながるからか、ビジネスノベルは会計もの、社長もの(特に“気が付いたら社長になっていました”パターン)、マーケティングものが三大ジャンルとなっています。本作は3つ目のマーケティングものに該当します。

 著者の佐藤義典氏は米ウォートンスクールでMBAを取得した後、複数の企業でブランドマネージャーなどの経験を経て、コンサルタントとして独立した経歴を持っており、理論から実務経験まで得ているプロフェッショナルです。本作も、本業のPR目的として書かれたもので、小説家として身を立てているわけではありません。

 マーケティングというテーマは、日本で理解浸透が浅いこともあり、言葉は踊っているわりにはいまいち普及していない分野です。「広告宣伝とマーケティングの違いは何?」「戦略との違いは何?」という問いにきちんと答えられる人はそう多くないでしょう。「これからの日本企業に必要だ」と言われながらも、実際の業務場面にはなかなか顔を出さない鬼門のテーマとなっています。

 佐藤氏はマーケティング関連のビジネス書を複数上梓しており、ビジネス書→ビジネス図解本(ノート本)→ビジネスノベル、と入りやすさと難易度が異なった階層の作品を生み出しています。まるで最近のトレンド縮図のようですが、ビジネス書本編から図解本を経てビジネスノベルにまで展開するポートフォリオの作り方が、ビジネス書のマーケティング戦略フレームとして出てきています(本連載の趣旨そのものです)。

 作りとしては、ビジネス書としての役割はポートフォリオの他作品に譲っているという意識があるからか、読み物としての見せ方を重視しています。章ごとに解説コーナーはありますが、ストーリー部分は普通の小説的な形でまとめられています。『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』が全体に講義形式でまとめられているのに比べると、ストーリーが主で解説部分はあくまで補足という位置付けとなっています。

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