“読みやすい”だけじゃない! ビジネスノベルを知るための7作品ビジネスノベル新世紀(4/4 ページ)

» 2012年08月31日 08時00分 公開
[渡辺聡,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3|4       
※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

ビジネスライトノベルの草分け的存在:『女子大生会計士の事件簿』シリーズ

 「あの日、私は副社長室でちょっと不思議なことを言われたのだ」

 「不思議なこと?」

 「実は、キソ―プライムは以前から在庫売上が計上されていたのだ。それも期末で一億円ほどのな」

 在庫売上とは在庫として保有しているけれども、売上が計上された状態のことをいう。本来は、商品を出荷したり引渡したりした時点で売上が計上されるべきなので、あまり望ましい状態ではない。

 「売上のタイミングの問題ね。期ズレにしちゃ、けっこう多額じゃない。山上さんはそれをOKしていたの?」

 「ああ。本来なら売上として認めるかは微妙だが、お得意先が製造の都合で受け取ってくれないから預かっていた、という事情もあったしな。ところが、副社長が突然、今年から売上に計上しないようにする、と言い出したのだ」(文庫版149ページ)

 『女子大生会計士の事件簿』シリーズの1冊目が出版されたのは2002年。2009年の『もしドラ』ブームより7年早い時期です。当初の装丁はシンプルなものでしたが、2004年の文庫版から表紙イラストが加わることになりました。ビジネスライトノベルの草分け的存在と言えます。また、2004年からはコミック版も4冊出ています。

最初に英治出版から出た時は左のような装丁だったが、角川書店版ではキャラクターが前面に

 ストーリー構成としては、若手女性会計士の藤原萌実と新米会計士補の柿本一麻が監査先で出会うさまざまな事件やトラブルを解決していくという古典的なミステリーものです。ストーリーの軽さからすると、ライトノベルとまでは行かないカジュアルノベルといったところでしょうか。

 よって、系譜としては、ビジネス書からの流れというよりは、加納朋子氏や恩田陸氏、北村薫氏などに代表される「人の死なないミステリー」に近いものとなります(厳密には本シリーズでは亡くなる人も出てきますが)。

 『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』と同じく、著者の山田真哉氏の本職は会計士です。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』や本シリーズのヒットで、会計士なのか作家なのかよく分からない二足のわらじ状態になっていますが、普通に会計士業務をされています。

 もともと本シリーズは専門学校の機関誌に掲載されており、読み物目的として書かれたものであるため、ビジネステキストとしての側面はたいしてありません。ビジネス書というより、純粋なミステリーとなっています。そうはいっても、体系だってはいないものの会計知識がそれとなく散りばめられており、それとなく会計的なものの見方や用語概念を学べるようにはなっています。分類としては、松岡圭祐氏の:『万能鑑定士Q』シリーズと同様、読み物と合わせて知識を得られることを売りとした雑学小説、情報小説的側面が強いと言えます。

 このようにして生まれた経緯から、「業界分野の知識が上手く散りばめられている」「テキストではなくてあくまで読み物である」「読みやすい形でキャラクター配置設計されたカジュアルな読み物になっている」というビジネスライトノベル的構図が偶然的要素もあり、成立することとなりました。

一見するとライトノベルなのだけれども:『羽月莉音の帝国

 俺は説明を始めた。

 「日本全国には、地域に密着した写真館がたくさんありますよね? その数、数千軒に及びます。そんな写真館と、我々株式会社革命部がチェーン契約を結ばせていただいています」

 そこまで言って俺は軽く咳払いし、先を続ける。

 「コスプレ撮影を希望するユーザさんは、我々が運営するウェブサイトから撮影用のコスプレ衣装を選びます。そして翌日、一番最寄りのチェーン契約写真館に出向きます。すると、時間通りにコスプレ衣装が用意されていますので、さっそくお客様はコスプレ衣装に着替え、お望みの数だけ写真が撮れるサービスなんです」

 俺もレポーターを真似て、身振り手振りを駆使しながら語った(第一巻224ページより)

 Twitterで金融クラスタあるいは会計クラスタとでも言うべき金融業界関係の人々がいます。特定のリストやグループとして位置付けられているわけではなく、「何となくこの辺の人たち」というぼんやりとした枠があるだけですが、定期的に飲み会をしたり、日々の仕事の話をしたり、金融市場の動向を議論し合っていたり、何かと活発に動いています。

 この金融クラスタの一部で、「ライトノベルなのにビジネスストーリーとして良くできた変わった作品がある」という評価とともに回覧されていたのが『羽月莉音の帝国』です。作者は社長業を営んでいるということで、主人公たちは高校生で社名も革命部だったりと軽々しい作りになっていますが、描かれているビジネス展開の空気や事業開発課題からは現実味を感じ取れます。

 本作はあくまで小説で、ビジネス書としては作られていません。しかし、『ハゲタカ』が金融業界の雰囲気を感じ取るのに良いテキストであるように、「うんうん、確かにこんな感じ」という描写は随所にあります。中高生くらいから楽しく読めるということを加味すると、すごいことではないでしょうか。

 ストーリーとしては、自らの国家設立を目指す高校生の羽月莉音が立ち上げたクラブ活動「革命部」が部費1000円と300万円の借金を元手に、国連加盟国樹立を目指して事業を拡大していく話となっています。途中から、企業ものや経営ものというだけでなく、スパイものや現代戦争ものも取り込む形で総合経済ライトノベルとしてフィールドを広げていくこととなります。

 年間発行点数が800冊以上にのぼるライトノベルですが、ビジネスを直接テーマとして扱ったものはさすがにそう多くはありません。しかし、ライトノベルを卒業した読者を狙って創刊されたメディアワークス文庫でも、SE業界を描いた『不思議系上司の攻略法』やコンビニ経営を描いた『俺のコンビニ』のような“お仕事小説”が登場していることも考えると、ビジネスノベルあるいはビジネスライトノベルのジャンルは静かに広がりを見せていると言えるでしょう(第4回「どんな流れで進めればいいの? ビジネスノベルの書き方とは」に続く)。

第1回 誠 ビジネスショートショート大賞

 Business Media 誠では、ビジネスについての短編小説を募集しています。大賞受賞作品は、誠のトップページに長期間掲載されるほか、電子書籍としても出版されます。文字数3000字程度が目安ですが、それより長くても短くても構いません。詳しくは↓の応募要項をご覧ください。

 お知らせ:「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」募集開始


前のページへ 1|2|3|4       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.