私たちは津波に対するリスク感覚が低下している(1/2 ページ)

» 2012年09月28日 08時00分 公開
[松尾順,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:松尾順(まつお・じゅん)

早稲田大学商学部卒業、旅行会社の営業(添乗員兼)に始まり、リサーチ会社、シンクタンク、広告会社、ネットベンチャー、システム開発会社などを経験。2001年、(有)シャープマインド設立。現在、「マインドリーディング」というコンセプトの元、マーケティングと心理学の融合に取り組んでいる。また、熊本大学大学院(修士課程)にて、「インストラクショナルデザイン」を研究中。


 行動経済学の研究で明らかになっている「バイアス」(知覚や思考のゆがみ)のひとつ、「アンカリング(係留)」はご存じでしょうか?

 具体例で示すと、定価「2万円」のところ半額の「1万円」といったセールの値札を見た時、2万円が比較の基準となっているため、1万円が安く感じますよね。

 これは、「アンカリング」がもたらすバイアスです。値札情報として提示されている2万円が基準点=係留点となり、「2万円に比べたら1万円は安いな」という、1種の錯覚を起こさせているわけです。上記の例のように、アンカリングはマーケティングや販売の施策でよく活用されています。

 さて、話を戻しますが、2011年の東日本大震災はとりわけ「津波」によって甚大な人的・物的被害をもたらしたにも関わらず、津波に対して人々が感じるリスクが、逆に低下している可能性を示唆する調査結果があります。

 大木聖子氏ら(東京大学地震研究所助教)は、大震災のちょうど1年前、2010年3月に日本全国を対象する調査を行い、津波の高さに対して危険を感じる度合いを調べていたのです。設問としては以下のようなものでした。

Q.あなたは、どのくらいの高さの津波を危険だと感じますか?

(1)10センチメートル以上

(2)50センチメートル以上

(3)1メートル以上

(4)3メートル以上

(5)5メートル以上

(6)10メートル以上

Q.あなた自身は、どのくらいの高さの津波で実際に避難行動を開始しますか?

 (選択肢は前の設問と同じ)

 そして、震災後の2011年4月には、震災の直接の被害を受けていない地域、静岡県以西、瀬戸内海に面する17府県の人々に対して同様の質問をしたところ、「震災後、津波に対するリスク感度は高くなっているだろう」という予想(仮説)に反する答えが得られたのです。

 震災の1年前は17府県の人々は、「3メートル未満でも危険と回答:70.8%」でしたが、震災直後は「同:45.7%」と大きく低下したのです。

 また、実際に避難行動を開始する津波の高さについても「(震災前)3メートル未満で避難を開始する:60.9%」「(震災後)同:38.2%」とやはり大きく低下。津波に対するリスク感度は、全体としては鈍くなっているという結果になったのです。

       1|2 次のページへ

Copyright (c) INSIGHT NOW! All Rights Reserved.