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» 2013年01月26日 13時00分 UPDATE

「復興という状況にはまだない」――陸前高田市長が語る被災地の現状 (4/4)

[堀内彰宏,Business Media 誠]
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――陸前高田市民の中に、アルコール依存症や自殺、バイオレンスの兆候は出ている人はいますか。

戸羽 私たちの地域で無くはありませんが、基本的にそんなに大きな問題になることはないと思っています。ただ、先ほどから言っているように、たくさんの方が家族をなくしています。中でも高齢者、例えば80歳のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいて、おばあちゃんだけが亡くなって、家も無くなってしまった人々というのは、まさに絶望です。「明日どうしよう」なんてことは、なかなか考えづらいわけです。ですから、うつ状態になっている方は非常に多いと思います。

 市役所の職員でもそうです。メンタルチェックをすると、かなりの人たちが引っかかります。その中に希死アラームという欄があって、希死というのは自殺願望があるという意味ですが、そういう方々がかなりいます。

 そして、私が一番心配をしているのは子どもたちです。陸前高田市内で、一度に両親を亡くして孤児になってしまった子どもたちは小中学生だけで30人ほど、高校生を入れると40人以上います。私の子どももそうですが、片親を亡くした子どもたちは150人ほどいます。

 今は明るくしていても、やはりいろんなトラウマを持っていたり、将来、そういう何かが出てきてしまうのではないかと非常に心配しています。経済的な問題としても、そういう子どもたちが東日本大震災で被害を受けたことによって、夢をあきらめないといけないとか、進路を変えないといけないとか、できるだけそういうことがないように我々としても努力していかないといけないと思います。

――漁業の復興については、どのような状況ですか。

戸羽 私たちの地域の漁業は魚を獲る漁業ではなく、養殖漁業がメインです。カキ、ホタテ、ワカメ、ホヤ、コンブなどを養殖しているのですが、国の手助けやボランティアの方々に養殖いかだの手伝いなどをしていただいたことで、施設も6〜7割くらいは復活しています。

 ただ、養殖は時間がかかるんですね。例えば、カキを育てて出荷をするまで3年かかります。そういったところで苦労されていますが、これは必ず復活すると思いますし、漁業は経済の底上げをしてくれる重要な産業だと思っているので、我々としてもこれからも応援していかないといけないと思います。

――復興庁ができたからといって便利になったことは何もないというお話がありましたが、そもそも復興庁は縦割り行政の弊害をなくすために設置されたわけです。なぜそうなってしまったのか、今後どうすればいいのかをうかがわせてください。

戸羽 そもそもの問題は、復興庁は位置付けとすれば、ほかの省庁より一段上にいるというところから始まっているんですね。内閣府と復興庁は首相の下で、そのほかの省庁が復興庁の下に入るという話から始まっていたので、私たちは復興庁がある程度強い権限を持っていて、例えば財政的な問題であれば、財務省に対して強いことが言えるといった仮定を持っていました。

 平野達男さんが(初代)復興大臣をされて、岩手県選出の方なので私も親しくさせていただいていますが、残念ながら復興庁のスタンスが“私たちを説得しに来る復興庁”だったわけです。私たちは“被災地と同じ立場に立って、ほかの省庁とケンカをするくらいの復興庁”であってほしかったのですが、現実には「いやあ、戸羽くん、無理言うなよ。あきらめてくれよ」と説得に来るような復興庁だったのです。「これはもう話にならない」と思っていました。今回、根本復興大臣ともお話ししましたが、安倍政権では復興庁の権限を強くするということなので、非常に期待しています。

 ただ、この1年10カ月の間、自民党の幹部が少なくとも陸前高田市に誰も入っていないんです。小泉さんや小野寺さん、髭の隊長の佐藤正久さんなどは入っていますが、石原伸晃前自民党幹事長のような3役(幹事長、総務会長、政調会長)が入っていないんです。ですから私は、現場を知らないで、そういうことを言っても違うだろうと思います。そういう意味では、しっかりと今から現場を見ていただき、あるいは民主党政権時代のいろんな課題を点検していただいて、もう1回復興庁が新たなスタートを切っていただければ私たちとしては大変ありがたいと思っています。

――被災地の自治体が集まって、組織として声をあげて政府に届けることは考えていますか。

戸羽 一つ前提として、津波被災地はそれぞれ状況が違いますし、課題もそれぞれ異なっています。被災地全体を見ると、福島県はみなさんご存じの通り、津波の被害も受けていますが、合わせて原子力発電所の問題も抱えているので、また別の問題になってしまっていると思っています。

 岩手県の中では被災した12の自治体が期成同盟会を作って、国に対して要望を出しています。ただ、現実問題としては私たちのようにたくさんの人が亡くなって、街全体が消えてしまった被災地もあれば、県北の洋野町のように漁業施設が被害を受けただけの被災地もあるので、当然、温度差があります。グループで陳情を要望すればいいものについてはしていますが、やはり結局はそれぞれ努力していかなければ国に声は届かないと私は思います。

――陸前高田市がバリアフリーの町を目指すのはとても良いことだと思うのですが、それを実現するためにどのような障害がありますか。

戸羽 例えば岩手県だと県立病院があるのですが、県立病院はそれぞれの機能を持っています。そういったところで私が「こういう街を将来目指しています」と県の医療局にお話ししていますが、残念ながら医療局はその話に乗ってきません。

 例えば、陸前高田市は岩手県の中では温暖で、海があって、山があって、川があって、非常に環境が良いところだと私は思っているので、「病院のリハビリテーションなどの機能を持たせてもらいたいんです。福祉とリハビリといろんなことが混ざった時に私が目指す町になるんです」という話をしても、なかなか県は乗ってきてくれません。

 私は根気強く交渉していますし、国に対しても我々のビジョンに対して国の支援が必要なんですと言っていますが、残念ながら県も国も戦略性を持っていないんですね。復興を成し遂げるに当たっては当然、その先にプラスアルファがないと意味がないと私は申し上げているのですが、どうも彼らは物理的に元に戻せばいいという考え方を持っていると思いますので、そこをどうやって埋めていくか、認識の違いを埋めていくかだと思います。

 私は「復興を早くしっかりとやることで、日本がもう一度見直されるチャンスじゃないですか」とずっと政府に対しても言ってきました。例えば、「10年かかるだろう」「陸前高田なんてもう復興できないんじゃないか」と思っている国の方々もいると思います。でも、これを5〜6年でやった時、「やっぱり日本人ってすごいよね」「日本の技術はすごいね」となれば、今、日本は大変厳しい状況にあって、韓国や中国などに追い付かれたり、追い越されたりされている状況の中、私はこの復興を逆手に取るという言葉は変ですが、日本がもう一回世界のみなさんに認めていただくための一つの手段にしていただきたいと思います。

 私たちの街作りにも国や県も協力していただいて、「あれだけボロボロになった陸前高田がこんな町に復活しましたよ」「こんな素敵な街になりましたよ」とできるよう、一緒に歩調を合わせていただけるよう努力していきたいと思います。

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