未来は暗い? 明るい? 「助けあいジャパン」の創始者に聞く働くこと、生きること(後編)(2/2 ページ)

» 2013年08月23日 00時00分 公開
[印南敦史,Business Media 誠]
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長屋的なつきあいが復活した

 意欲的に感じるが、学生時代はなにも続かず、だらけていて、「すさまじく奥手」だったという。意外な気もするが、仕事を通じてキャリアアップしたのだろうか?

 「うーん……広告業界は好きだったけど、『これがやりたい!』と思って電通に入ったわけじゃないんです。入って、もまれていくうちに『ああ、僕はこういうことをおもしろいと感じるみたいだなあ』って分かってきて、30代の終わりか40歳ぐらいのころ、ようやく方向性が見えた。だから僕、口が避けても学生たちに、『若いうちにやりたいことを探せ』とか『夢を持て』とか言わない」

 リーマンショック以降、現在に至るまでの時代を見てなにを感じているだろう?

 「全体的には、効率よりも非効率的なもの、つまり人間的なものに戻ってきたなと思っています。隣に誰が住んでるかも分からないマンションから、江戸時代の長屋に戻ってきた。長屋のほうが幸せとは言いませんけど、ちょっと濃厚な、少し違う価値観が生まれつつある。このテクノロジーを持っただけで、そっち側に戻れる。しかもネットは距離と時間を飛べる。ニューヨークに住んでいる人とも長屋的なつきあいもできるわけです」

過渡期なんだから、慣れればいい

 なるほど、そう考えると未来は暗くないと考えることもできるかもしれない。

 「暗いわけがないですね。明るいかどうかは知りませんけど。ネット社会ってソーシャルも含め、僕のなかでは、田舎のあぜ道にいた人が、急に渋谷に出てきたみたいな感じなんです。ずっとあぜ道にいたから、渋谷のルールが分からない。それで戸惑ってるし不安や恐怖も感じてるんだけど、慣れればたいしたことない。もしくは渋谷のほうが幸せかもしれない。過渡期なんだから、慣れればいいんです」

 かつてのテレビがそうだったように、確かに慣れてしまえばいいだけの話。これからも、テクノロジーはどんどん変化していくのだから。

 「変化のスピードがおもしろいんだから、それに乗って変わっちゃえばいいだけ。だって死ぬまでに、あと30年ぐらいかかるかもしれない。30年は長いですよ。『変わらなくていい』とか言う人もいますけど、変わったほうが楽ですよ」

 印象的だったのは、「与えられた特殊な立ち位置を活用して、よりよい社会づくりに関与したい」という考え方だった。間違いなくそれは、これからの社会に求められるべき価値観だ。だからこそ、「70、80歳でピークが来るんだから、まだ成長し続けていかなければいけない」という発想も生きてくるのだろう。

なぜ阪神・淡路大震災の教訓を生かせなかったのか――「助けあいジャパン」の創始者に聞く(前編)

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