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» 2013年11月19日 08時00分 UPDATE

博報堂・吉川昌孝のデータで読み解く日本人:どんな“つながり”を求めていますか? ソーシャル時代の3つの欲求 (3/4)

[吉川昌孝,Business Media 誠]

友達はだれですか?

 故郷よりも地元。知識、技能の取得よりも師匠への弟子入り。こうした古いようで新しい価値が生活者に生まれつつあります。その3番目の価値は、友達に求める価値の変化です。これもまた最初にグラフを見ていただきます。

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 「友人は多ければ多いほどよいと思う」は下降の一途。それとは逆に「友達でも、間柄によって連絡の方法を意識して区別するほうだ」はジワジワと上昇。これ、友達の選別が進んでいることを意味するグラフだと思いませんか。

 友達は、選別しなければならないほど、ビッグバンの時代を迎えています。昨年発表した「子供の生活15年変化」調査でも(参照リンク)、小5から中3までの子供たちに聞いたところ、1997年には50人台だった友達の数は2007年には66人を超え、2012年でも多少減りましたが、まだ60人以上でした。携帯電話を持ち始める年齢が下がったため、現代の子供たちは幼い時からたくさんの友達とつながったまま成長することを余儀なくされています。小学校時代の友達に加えて、中学校時代の友達。それに加わる高校時代の友達……。クラスが変わっても、学校が変わっても、はたまた引っ越ししたとしても、すべての友達とつながったまま成長していく、そんな世代がこれからの日本人のほとんどになっていくのでしょう。

 このように友達の数が自ずと肥大していってしまうのですから、選別せざるを得ないというのが正直なところだと思います。ここ数年はTwitter、LINEなどソーシャルメディアも普及。社会人になってからは朝活やネットワークランチ、NPOに参加する人も増え、友達の数を肥大させる状況はどんどん広がっています。確かに80年代くらいからSNSの勃興期ぐらいまでは、友達が増えていく高揚感を感じていたのも事実でしょう。でも、実際に誰もかれも友達になるようになってしまうと、求めるのは、ソーシャル疲れに代表されるように、つながることを制限することです。

 無尽蔵に拡大していくことよりも、気心の知れた者同士でたわいもないコミュニケーションをとりたい。LINEに代表される少人数グループでのやりとりが共感を呼んでいるのも、こんな背景があるからだと思います(もちろんそこにもKS〈既読スルー〉を問題視するような、面倒なことはないわけではないのですが)。人脈や友達をどんどん広げていくのではなく、自分にとって安心して、気兼ねなくつきあえる身内のような存在を作ること。そこに生活者は注力し始めています。

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