企業の個性が色濃く出るもの、それが「社員研修」。特に新卒や若手社員の育成はどこでも大きな課題なので、新卒採用をしている企業なら、ほとんどの企業で新人研修を実施しているはずだ。そしてしばしば、大企業には「その企業特有の名物研修」があったりする。
もしあなたの周りに日立グループで働いているらしき人がいたら、試しに「ケンロンはやった?」と聞いてみてほしい。「ケンロン? もちろんやったよ!」「あれは大変だよね〜」という答えが返ってきたら、その人は間違いなく“日立プロパー”だ。
「研論(ケンロン)」とは「研修員論文」の略で、日立製作所だけでなく多くの日立グループの企業で毎年欠かさず行われている伝統の社員研修だ。総合職で新卒入社した人は必ず洗礼を受ける研論とはどのような研修なのか? 日立製作所に取材した。
2月下旬、日立製作所ITプラットフォーム事業本部横浜事業所。その一角にある広い部屋に、パイプ椅子がずらりと並べられている。数百人分の椅子は、社員でほぼ埋まっていた。
壇上に立っているのは1人の若手社員だ。プレゼンテーション資料をプロジェクターに映しながら、日立のデータベースについて技術的な内容をかなりかみくだいた表現で発表している。15分ほどのプレゼンを終えると、席の前の方に座っていた2人の幹部社員が、若手社員に対して質問を始めた。予想していなかった質問内容なのか、苦しみながら若手社員が答えると、アドバイザーから総括のコメントがあり、30分ほどでその社員の発表は終了した。
2人目に登場した社員(こちらも若手)もほぼ同じ形式。約15分の発表時間に、質疑応答と総括コメントがあり、30分で終了。発表内容はおそらく彼の業務内容に関連する内容なのだろう、こちらも日立のデータベースについてだった。
これが日立グループの研修「研修員論文発表会」である。入社2年目の社員が自身のこれまでの業務を通じての取り組みやその振り返りに関する論文を書き、その内容について、大勢の社員や幹部の前で発表するというものだ。
人事総務本部の清水佑亮さんに話を聞いた。研修員論文の始まりは、日立製作所の創業者・小平浪平氏がつくった教育綱領の中にあるという。「研修員論文を書く」という形式が決まったのは、なんと昭和34年(!)。その数年後に「論文を書くだけではなく、その論文について会社幹部の前に立って発表する」という今のスタイルが固まった。以来、50年以上もの間、日立グループでは研修員論文(論文執筆+プレゼンテーション)という社員研修が続けられているのだという。
「研修員」とは、新卒入社したばかりの社員のことを指す。日立では新卒入社後約2年間は「総合職研修員」という立場で、研修員論文発表会が終わって、ようやく一人前の「総合職(日立の人事用語では『総合職企画員』)」になれるのだ。そのため、日立の社員は基本的にはみな研論を経験している(経験者採用などの一部社員を除く)。
実は研論は2年目社員にとっての研修であると同時に、技師・主任クラスの若手社員にとっての研修でもある。研論を書く社員が部署に配属されたときから、入社5〜10年目くらいの若手社員が「指導員」としてマンツーマンでつく。1年目はいわゆるチューターとして新卒社員の面倒を見て、2年目には論文のテーマを決める相談にのったり、執筆途中の論文を読んで赤入れをしたり、プレゼンテーションを本番前に見てあげたり……という形で“指導”するのだ。後輩を教育するという課程を通してリーダーシップが養われ、指導員自身の成長にもつながる、という狙いがあるという。
研論は毎年、おおむね2月下旬に行われる。上述の通り日立では50年以上続いている研修なので、課長も部長も皆、研論の経験者であり、どれだけ大変かはよく分かっている。原則として研論は業務ではなく自己研鑽(けんさん)なので、その準備は就業時間が終わってから取り組む建前なのだが、研論シーズン直前ともなれば、部署一丸となって研論に取り組む研修員(と指導員)をバックアップするのだそうだ。
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